支給されたブリキのカップにブランデーを注ぐ。本国で飲むものに比べるとずいぶんと質は落ちるが、それでも久々の酒盛りに俺も周囲も浮かれていた。砂漠の夜は冷え込むため、寝る前に身体を温めようと舐めるくらいはしても、こうして集まって飲むことは少ない。
「乾杯」
 カップをこつん、と重ね合わせて今日までの健闘を讃え合う。ここに隊長が居ようものなら、せっかくの酒があふれんばかりに叩きつけられるのだろうと思ったが、酒盛りの相手は若い女のように両手でカップを持って、ちびちびとブランデーを飲んでいた。フラッグファイターの風上にも置けないような飲み方だったが、ここでは珍しくもない。寒さで手がかじかんで思うように動かない者もいたし、それこそ傷ついて充分にカップを持つことすら出来ない者もいた。
 乾杯した相手は傷を負ってはいなかったものの、手の震えが止まらないのだと笑っていた。最近入隊したばかりの若い隊員だった。所属部隊は違うものの、噂はこちらまで漏れ聞こえてくるほどの優秀な成績を残しており、今回の派兵はその結果らしい。
「酒なんて久し振りっす」
「俺もだ。悪酔いして手元、狂わすなよ」
「…え、」
 言ったそばから彼の手元からカップが滑り落ち、膝を汚した。周りがどっと笑い、言わんこっちゃない、と言いながら笑ってみせる。しかし、内心ではあまり笑えなかった。同情を覚えるのも違うのだろうけれど。
 彼の部隊の隊長は、うちの隊長に劣らず実戦を重視しており、彼の派兵もその結果なのだろう。しかし部外者の立場から正直なところを言ってしまえば、気の毒だった。俺とてこんな大規模な派兵にいきなり放り込まれたことはない。それだけ期待されているということなのだろうし、彼自身の戦績を伝え聞く限り、充分すぎるほどそれに応えていた。
 それでも、彼の手は震えていた。濡れた膝を拭う手のひらだって多分。
「そういう拭き方じゃ染みになっちまう。もっと、こうやって叩くみたいに」
 不器用に動く手のひらから、タオルを奪って数度膝を叩く。水気が大方拭い去れた頃、見開かれてこちらを見つめる視線に気付いた。
「…なんだよ」
「いえ。なんか…意外だなって」
「何だよ。生活臭えって言いたいのか?」
「そ、そんなことは!」
 慌てて否定されるが、それがかえって図星なのだと示している。相手の焦りようがおかしくて口の端をつり上げた。別に俺自身、男子厨房に立たずだとか、そういった妙なプライドは持ち合わせていない。所帯臭くて結構。生活力がなければ人間、やっていけないことはこの数年で痛いほど分かっていた。尤も、隊長のような例外はいるけれど。
「家に、手のかかるのがいるんだよ。そいつの面倒見てると、自然にな」
「例の、白衣の天使っすか!?」
「………ッッ!」
 予想外の形容に、思わず含んでいたブランデーを吹き出しそうになった。
 技術顧問の誕生日騒動の後から、基地内を看護服でうろつく美少女の姿はまことしやかに噂となってしまった。噂ならば噂で終われば良かった。結婚式やらパーティやら、軍の人間も来る集まりに俺が連れ回してしまったために、現物を見た人間が少ないにもかかわらず、白衣の天使は中途半端に隊員の記憶に残ってしまっていた。
 興味を持った人間から実物を見たいという要請が時折あるのだが、丁重にお断りしている。過保護だと言われても構わない。あの外見を前にすれば、過保護にもなる。誰だって。
「中尉がそれだけ尽くすなんて、もの凄い美人なんでしょうね」
「それ誤解。俺は好きな人には尽くすタイプなの」
「でも、美人だから好きなんでしょう?」
「まぁ、それもあるけどな」
 肯定してみせると、くつくつと相手が喉で笑う。すかさず首に腕をかけて、軽く締め上げた。片手に持っていたカップの中のブランデーが揺れる。縁からこぼれそうになったところで、笑いの隙間から相手が続けた。
「今度、見せてくださいよ。飲みに行くついでに」
「…そうだな。我が軍のホープに期待、ってことで」
 まさかこちらが承諾するとは思わなかったのか、相手が目を見開いたのが分かった。あれだけ断ってばかりなのだから、当然だろう。しかし俺はわりと本気で見せる気でいたのだ。勿論、本人の許可が貰えれば、だけれど。
 それくらいのことをしたくなるくらい、俺はこの部下に同情していた。戦績の優秀なせいで、殆ど未経験のまま、こんな大規模な派兵に放り込まれて。そこで泣かず飛ばずならまだしも、きちんと結果を残してしまっている。きっと、次もあるだろう。
 そのたびに、彼の手は震えるのだ。





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