ソファの上でティエリアが眠っている。白い肢体に残るいくつもの鬱血の痕は痛々しく、それを見ていたくなくて、脱ぎ捨てた自分のシャツをかけた。
 ソファから離れ、窓際でジーンズのポケットを探ると、指先に包み紙が触れる。配給された安物の煙草がまだ残っていたことに安堵し、中身を取り出して銜えた。
 一時は成功していた禁煙も、この派兵をきっかけにしばらく休止している。戻ってきたら再び止めるつもりでいたのだが、最後の一本と言い訳をしながら今日だけでもう三本も吸っていた。
 しかしこれ以上に苛立ちを紛らす術も分からなかったし、先ほどのようにティエリアに当たって酷くするよりはましだろう。久しぶりに身体を重ねたのだから、もっと優しくするべきだったのに、相手の了承すらろくに得ずに身体を貪って終わった。
 戸惑いで強張った白い肢体から、強引に感覚を引き出して貫いた。快感にとろりと潤んだ目が、その奥底に不安を潜めていたことに見ないふりをして。
 最低なことをしたと、自分でも思う。やはり帰ってくるべきではなかった。気持ちの整理がつくまで家に戻らず、適当なところをうろついていれば良かったのに、澱のように積もっていた淋しさに負けた。
 ティエリアと出会って、過ごして、ようやく本当の意味で過去を捨てられたと思ったのに。少し揺さぶられただけでこのザマだ。シートに包まれた無数の遺体や、指一本すら葬ることのできなかった空の墓、瓦礫の積みあがった生々しい現場、跡形もなく片付けられた寒々しい慰霊碑。それらのもの全てが悪夢になって押し寄せる。捨てられてなどいなかった。何一つとして。
「はぁ……」
 ため息を吐いて、煙草の箱のさらに奥にくしゃくしゃに丸まっていた写真を引き出す。散々迷った挙げ句に派兵の直前に出力して乱暴にポケットに突っ込んでいった。紙も良いものではないせいで、埃であちこちが汚れている。けれど写真自体は憎いほど鮮明だった。
 ティエリアは嬉しそうに直したと言い、古い風景を色褪せたままにさせてはくれない。俺はみっともなく動揺して、そのくせ写真を見たことは一度きりだ。敵を討ったその後に、世界の歪みも理不尽も何も知らないで笑う自分を見た。もうあの頃には戻れないのだと思い、それから酷く憎んだ。過去の己を。
 ずっと自分が憎かった。憎むのと同じだけ赦して欲しかった。敵を討てば赦されると信じていた。けれど残ったのは、どうしようもない空虚と無力感だけだった。敵を討ったところで、俺は何一つ変わらなかった。そんな自分に絶望した。

 幸福な笑顔を見ていたくなくて、皺になった写真に火を近づける。そのとき初めて、煙草を銜えるだけで火を点けていなかったと気付いた。ごまかすことすらまともに出来ない自分が、また笑えてくる。
「…ロックオン」
 背後から声がして、寝室に行かなかったことを後悔した。写真と、銜えていた煙草を悟られないように手で隠してから、振り向く。窓から差し込む月光が、大きめのシャツに包まれた少年の肢体を照らした。
 久々に見るティエリアの身体はやはり美しかった。シャツから伸びた手足はすんなりと長く、無駄な肉がどこにもない。この身体が自分だけを受け入れようと、不器用に脚を開くのが嬉しかった。いとおしかった。
 それを蹂躙して奪い尽くした自分の愚かさを悔やむ。相手はとっさに隠したようだが、シャツの裾が赤く汚れているのが見えた。それなのに何事もなかったように問いかける。いっそ責めてくれればいいのに、彼はこういうときばかり優しかった。
「体、大丈夫か? 久しぶりだったろ」
「…問題ない」
 予想通りの答えに一抹の淋しさを覚える。我ながら身勝手だと思い、向けた笑顔が意図せず歪む。それを敏感に察知してティエリアが怪訝そうな顔をしたので、慌ててソファに戻り、細い身体を頭ごと腕に閉じこめた。抱きしめられて、一瞬強ばった身体から、徐々に力が抜けていく。隙間なく触れる肌の感触は心地よい。最初からこうしていればよかった。ティエリアといると、いつも順序を間違えてしまう。
 キスをしようと拘束を緩めると、血溜まりのような瞳と重なった。驚くほど透き通ったそれに、奥底まで見透かされそうな恐怖すら覚える。僅かに身が固くなったのを悟られないように口を開いた。
「そういえば、言いたいことって何?」
「……ッ」
 問いかけると、ティエリアがついと目をそらす。何か思い悩むように視線をうろつかせて、唇を引き結んだ。てっきり些細なことだと思いこんでいたから、躊躇うようなその有様に戸惑う。こちらとしては、話題を逸らせるための繋ぎに過ぎなかったから心の準備が出来ていない。
 あなたなんか必要ないと怒鳴りつけた声を思い出す。そんな筈はないのに悪い想像ばかりが膨らむ。ひとつの揺れが際限なく身体を蝕んでいて、目の前の純粋な信頼さえ疑ってしまっている。些細なことにすら動揺する。派兵前、どんな風に彼に触れていたかも思い出せない。
 だって、気づいてしまった。自分が何一つ変われていないというと。

「僕を、貴方の養子にする気はないか」

 意を決して口にした、ティエリアの言葉には揺るぎがない。その声が俺の一番やわな部分を抉る。純粋すぎる感情が。
「今度は僕が、貴方の家族になる」
 何一つ変われていない俺を後目に、目の前の彼はどんどん変わっていく。何の意思もなく本能で他者を求めていた頃の彼は、もう何処にもいなかった。目を見開くばかりの俺を引き寄せて、唇を押し付ける。拙いキスには、それでもはっきりとした意思があった。
 唇が離れた後、背中にそっと腕が回る。殆ど隙間を無くすように肌を重ねてお互いの体温を交わす。ティエリアは自分の感情に関しては驚くほど寡黙で、それ故に身体で示そうとする。
 言葉を知らないのか、使い方を知らないのか、意味を知らないのか。知りたがらなかったのかは分からない。どちらにしても、触れ方を教えたのは俺だった。俺がいないと言って泣いたティエリアを、こうして抱きしめた。キスをした。そうやって、始めた。
「……僕はどこにも行かない。貴方の家族とは違う」
 耳許で囁かれ、目を見張った。強ばった身体をごまかすことも出来なかったが、ティエリアは構うことなく優しく抱きしめる。出会った頃とはまるで逆だ。彼がこんな触れ方も出来るのかと驚いた。
「私は貴方のものだ。ロックオン・ストラトス」
 白い肌を桜色に紅潮させて、甘く言葉を落とす。ひどく陳腐な言葉だったが、ありふれているからこそ胸に染みこんでいく。考えてしたことではないのだろうが、こういうときの言葉の選び方が彼はとても上手かった。照れたり、はぐらかそうと考えていないからだろう。そういう純粋なところが好きだった。

「…ごめん」

 けれど、受け入れることは出来なかった。
 なるべく優しく響くように口にするが、そんな努力はやはり無駄だった。赤い双眸が見開かれ、包み込んでいた腕がぎゅっと強ばる感触が伝わるほど近い。罪悪感が胸を過ぎるが、受け入れることは出来なかった。だって、気づいてしまった。
「ありがとな。でも、もういいんだ」
「え…?」
 包み込む腕をそっと解きながら、諭すように言葉を落とす。口にしたらきっとティエリアは泣くだろう。酷く傷つくだろう。けれどこれ以上傍にいても傷つけるなら、結果は同じ事なのだ。
「俺はさ、お前を利用してた。何も分からないうちに閉じこめて、依存させて、俺がいないと生きられないようにして――そうすれば、淋しくなかった。そういうエゴを、全部好きって言葉でごまかしてただけだ。だから、お前が変わっていくのが恐かった。きちんと意思を持ったら、それに気づくんじゃないかって」
「違う、私は――!」
「そうだな、違った。お前は変わらずに俺を好きでいてくれた。こうやって家族になろうとさえしてくれた。もう、それだけで充分だ」
 みるみるうちに色の失せていく額にキスをする。ずっと晒せないでいた、不定形なまま渦巻いていた不安も、こうして言葉にして切り捨ててしまえば楽になれた。傷つけたくないという思いやりを言い訳にしながら、薄汚いエゴを悟られることだけを恐れていた。
 相手の言葉を封じ込め、一方的に内面を吐き出す。まるで懺悔だ。俺の傍にいたちいさな神様だけが、自分すら赦せなかったものを赦してくれていた。何も知らないからだとはいえ、どれだけの救いになったことか。
 吐き出した分だけ胸は空っぽになり、痛覚すら鈍る。何もなくなる。何もかも失ったあの頃のように、ゼロに還っていく。過去から変われないのなら、きっとそれがあるべき状態なのだ。埋まったように見えたのも解体してしまえばこの程度でしかない。
「でも、俺の家族に代わりなんていない。ずっと抱えていく。お前はそれにはなれない」
 たぶん、ずっと淋しいままなのだ。どれだけはぐらかしたところで。取り戻そうと足掻いてみても、埋まったように見えても、些細なことで崩れてしまう。求めるだけ無駄なのだ。分かっていたことだ。
 失ったものをもう一度取り戻そうだなんておこがましいことだった。そんな簡単なことにいつまでも気づかなかった。ティエリアと過ごした時間が温かすぎて。久しい温もりが心地よくて。
「俺はお前のことが好きだよ。でも、やっぱり家族にはなれない」
 表情を無くした顔が痛々しい。けれど、それから目を逸らすことだけはしないでいようと思った。いくら涙を流して、俺を責め立てても受け止める。それが、そうさせた俺の責任だ。たとえこれがきっかけでティエリアが俺の許を去ることになっても、それはきっと必然だ。エゴから利用し、関係を作り出した報いは受けなければならない。

「……貴方は、私が好きなのか」
 しかし、赤い目は少しも揺らぐことがなくこちらを見ていた。気圧されそうな真っ直ぐさで見つめられ、感傷に浸りそうになった自分を押しとどめる。力無く頷くと、前髪を掴まれる。
「…っ、」
鋭い痛みに惑ううち、険しくつり上がった双眸がすぐ近くに寄せられた。唇が触れそうな距離まで近づけられ、焦点を合わせるのに時間が掛かる。
「好きだ。けど、俺はお前を利用――、」
「貴方は何を言ってるんだ? 理解不能だ。婉曲な物言いも大概にしろ!」
 ぎりぎりと前髪を掴む手に力が込められ、痛みに思わず眉を寄せる。しかしティエリアはこんなものでは足りないというように、憎々しげに言葉を吐き出した。これほど怒ったティエリア・アーデという相手を、俺は今まで見たことがない。
「私は、貴方になら利用されていようと、貴方の傍にいられるなら何だって構わない。いくら傷つけられようと貴方が淋しくなければそれでいい。言っただろう。私は、あなたのものだと。それを今更、何をごちゃごちゃ言っている?」
 剣幕に気圧され、反論の言葉すら出ない。感情に寡黙で、好きという言葉にすら首を傾げていた相手にまくしたてられているせいで、全く現実味がなかった。先ほどの言葉とのギャップもあるせいかもしれない。
「家族を棄てられないというなら、家族ごと貴方を貰う。貴方がそんな自分を厭うなら、その分だけ私が好きでいる。貴方が家族が欲しいというから養子という形を取ったが、私がなれないというのなら別に構わない。形などどうでもいい。私は、貴方が好きだ。貴方は違うのか?」
 二択の選択肢だけ突きつけて、反論を許さない。懺悔よりも質の悪い誘導尋問だった。そんなことを聞かれたら、答えは一つしかない。後悔して罪悪感を抱いていた自分がまるで馬鹿だ。いつだってティエリアは純粋に、俺を好きでいてくれた。彼は変わったと思うが、それだけは何一つ変わらなかった。きっかけは何であるにせよ。
 彼は俺を好きだと言った。分からない、と首を傾げず、体温で曖昧にせず、きちんと言葉にしてくれた。外の世界を知って、他者を知って、俺がいなくても生きられるだろう彼は、俺の薄汚い内面も知っているくせに。
「好き、だ」
 そう呟くと、前髪を掴む手が緩んだ。しかしティエリアはまだ苛立ちを隠さないまま、更に言葉を重ねた。
「それなら、私を欲しいと言え。余計なことは考えるな!」
 変わろうと足掻いても変わることは出来ず、埋められたと思った淋しさはすぐに瓦解する。いつからか、貪欲に求めることを諦めていた。求めて手に入らずに空虚を突きつけられるよりは、好きなだけ与えて相手のせいにする方が楽だった。ティエリアが淋しいというから抱きしめてやった。ティエリアが泣くから頭を撫でた。ティエリアのためだ、と言い訳をして、自分の飢えをはぐらかしていた。自分の中の醜いエゴを晒す勇気を、ずっと持てずにいた。
 晒したら、終わりだと何処かで思っていた。
「……欲しい」
 けれど、本当は違った。
 十年前、一度に全てを喪ってから、こんなにも何かを誰かを求めたのは初めてだ。本当はずっと欲しかった。けれども喪うことを恐れて欺瞞で身を守るしかなかった俺の目の前に、ティエリアがいた。
 ティエリアは俺の呟きが染みていくように、ゆっくりと表情を和らげていく。解け、綻んでいく先には、可愛らしい笑顔があった。
「欲しい」
 もう一度、今度は耳元で呟く。ティエリアはさっきまでの乱暴が嘘だったみたいに真っ直ぐな髪を頬で揺らして、くすぐったそうにまた笑った。ごく近くなった顔が、自然に重なる。醜い本音を晒した唇と、それでも好きだと言った唇が触れた。
「ん……」
 すぐに触れるだけでは済まなかった。薄く開けられた唇の隙間から、互いに舌を伸ばしてぶつかる。隙間が広がり、唾液をぴちゃりとはねさせながら強く絡めた。温い口腔と間近な肌からは、ティエリアの匂いがする。ぱさりと軽い音がした。そちらに視線を下げると、ボタンも留めずに羽織っていただけのシャツを、ティエリアは自分で脱ぎ落としている。露わになった肢体を抱き締めると、裸の胸同士がぴたりとくっつく。鼓動が伝わる。衝動のまま手酷く繋がったさっきとはまるで違う、今まで触れたどの瞬間よりもティエリアを感じた。
 するりとしなやかな白い腕が上がり、俺の首に絡みつく。舌は一層欲求を増し、片足が俺の膝の間に割り込んだ。
「ここじゃ、だめだ」
 俺が言うなり、哀しげに歪んだ表情をひっくり返すように、俺はティエリアの身体を腕に抱き上げた。横に抱えた身体が壁にぶつかったりしないよう、できるだけきつく抱き締めて身体を畳む。駆け出し、寝室のベッドに二人で団子になって飛び込むまで、二十秒もかかっていないだろうが、俺には無限の行程に思えた。多分、ティエリアも同じだったろう。
 もつれて倒れ込んだまま、しばらく腕の中の温もりを味わう。ティエリアも俺の頭を抱え込むように腕を回し、ベッドの真ん中で縮こまるようにそのままでいた。
「ん、」
 先にじれたのはティエリアだ。もそもそとベッドで身じろぎ、首を伸ばして俺の唇にかぷりと噛みつく。俺もそれに応えて啄むと、粘膜の触れ合う軽い音が耳元を揺らした。ごろごろとベッドをのた打つ間に、いつの間にか俺のジーンズは下着ごと床に抱擁している。
 我慢できないとでも言うように身体を乗り上げてくるティエリアを軽く制し、俺の肩を掴んでいた手をとる。不満げに揺れる瞳に映るように、その手を持ち上げて互いの五指を全て絡ませた。一方的に掴んだり握るだけでは、もう足りない俺たちだった。
 俺たちの大きさが違う手は、しかしぴたりと噛み合う。その状態で一つの心臓のようにも思えるそれに、口づけを落とすと、反対側にティエリアもキスをする。顔を上げてふと微笑むティエリアを、俺はシーツに押し倒した。カーテンの隙間から射し込んだ月明かりにティエリアの白い肌が照らされ、そこに浮かぶ鬱血がくっきりと浮かび上がる。
 ―――ごめんな。
 心からの謝罪を、しかし心の中でだけティエリアに捧げた。それは今は要らない言葉だ。それでも、どうしてもっと優しくできないのだろうと、ほんの一、二時間前の自分を殺したくなった。俺は自分を殺す代わりに水を飲む犬のように首を垂れ、暗赤色に染まったそこをねっとりと舐め上げる。手も添えたかったが、鍵をかけたみたいに固く結ばれた指がそれを許さなかった。
「んん、」
 舌先を窄めて輪郭をなぞる。ついで平たくして塗りつぶすように擦る。その度に冷めかけた熱が再燃するような敏感さで、ティエリアは肢体をくねらせた。甘い喘ぎに頭の芯がじんと痺れる。胸の縁とでもいう際どい箇所に至ったときには、組んだままの腕が暴れたが、それは俺の手でもあり、ティエリアの上には俺が這いつくばっていたので意味はない。
 唾液を落とし込むように舐めたせいで、顔を上げた時には口の中はカラカラだった。緩い快楽にぐっしょりと濡れた全身を震わせているティエリアは、俺が唇をその肌から離すと首を伸ばしてキスをくれた。与えられるのかと思えば、渇いた俺からさらに絞り上げようとでも言うように咽喉を鳴らして嚥下を繰り返す。細胞片が吸い取られていくようだった。貪欲に飲み込まれ、包まれていくのを感じる。
 それを証明するようにティエリアの足が震えながら上がり、俺の腰に引っかかった。もっとしっかり組み付きたかったのだろうが、持ち上がって露わになった白い内股で震える中心が、それは無理だと訴えている。組んだ手を外そうとすると、ティエリアは赤く染まった目元を濡らしてそれを拒んだ。安心させようとそこにキスをしても、いやだいやだと幼子の仕草で首を振る。
「ダメだ、慣らさないと」
「いらない、平気だ、だからはやく、」
 腰に絡んだ足に力が込められ、そそり立った中心の更に奥が開かれていく。ティエリアの足に促され、血が透けて赤く咲いたようなそこに、触れた。ひくんとティエリアの腰が跳ねる。さっきの乱暴な行為にもしとどに濡れていたそこは、そのまま飲み込むように蠢いた。
「は、……」
 内側に触れた部分から溶けていくような錯覚を覚えて、俺が吐き出した熱い吐息が塊になってティエリアの咽喉元に落ちる。それを受けてことりと隆起するティエリアの薄い咽喉仏に合わせ、下腹部も収縮した。汗がはたはたとティエリアの肌で弾け、押さえつけるようになっていた手が紙のように白くなっていく。それでも互いに激しく動こうとはしなかった。少しでも長く確かに互いの体温を浸透させようと、今はじっと耐えている。
「はぁ、はぁ、は、あ……」
 全て飲み込んだティエリアは、呼吸を抑えて突き抜けそうになる感覚をやり過ごそうとした。俺も包まれる熱に脳髄が揺さぶられそうになるが、真っ赤にした瞳に涙を湛えながら耐えるティエリアに合わせて呼吸を取り戻す。
 じわりと体温と、それ以外の温かな何かが伝わってくるようだった。隙間を埋めるものでもない。飢餓や孤独の恐怖から逃れる為でもない。ただ一つのささやかな、とても大切なことを感じるための時間だった。
「……すきだ、」
 ぽたりと涙が落ちた。由来する感情は分からない。ただ自然に、呟いた言葉と同様、水が溢れるみたいに零れた涙だった。
「ティエリアが好きだ」
「わたしも、あなたが好きだ」
 俺が流した涙がティエリアの頬を伝い、ティエリアもまるで泣いているように見える。続けてぽたぽたと零れ続けるそれが、雨のようにティエリアを濡らした。涙の伝うその口元がゆっくりと動く。
「あなたが、ほしい」
 身体の内側に浸っていたぬるま湯に、波紋が広がっていくのがわかる。それが浸透していく時間の終わりを告げた。
 どくんと張り詰めた俺自身を感じて、ティエリアの白い太腿が揺れる。俺は腰にひっかけられたティエリアの足を、その腹にくっつけるように圧し掛かって距離を無くした。無理な体勢にティエリアが白い咽喉を晒して鳴く。
 二人の身体がバラバラになりそうなほどの激しい震動に、ベッドが軋む。それでもきつく絡んだ指で一寸の隙もなく身体は繋がっていた。
「あっ、ああ、ロック、オンっ」
「ティエリアっ……ティエリア、」
 揺れる髪の感触、組んだ指の力強さ、ぶつかる度に鳴るぱちんぱちんという肌の音、身体の中心で感じる相手の熱。全てつぶさに感じることができた。
 俺たちは昇りつめて白く明滅する意識の中で、互いが互いのためにあることを、言葉もなしに理解した。




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