きっかけはきっと些細なことだった。覚えていられないくらい些細なこと。挑発されたようでもあるし、挑発した気もする。とにかく、俺とティエリアは互いの同意の上で、ベッドに乗った。
 恥じらいも恐怖も躊躇なく、カーディガンを椅子の背に掛け、シャツの小さなボタンを外していく姿に、自分が医者にでもなったような錯覚を感じる。けれどもライトグリーンのシャツが肩から抜かれると、露わになった肌の白さに目を奪われた。雪の様な、とも違う。人工物、例えば病院の壁を思わせる白々しさだ。見た目にもツルツルしていそうな滑らかなそれが、人体の丸みを持ち、さらに呼吸の度にゆっくりと動いている。
 子供の頃、日向で寝ている犬が、まるでぬいぐるみのように見えて、不安を覚えて腹に手を当ててみたことがある。規則正しく、緩やかに掌を押し返す感触に、生きているのだと今更な実感を得た。
 ティエリアの肌はそれ以上に不安を感じさせた。それはおもちゃ屋に並んでいる、ビニールの皮を被った電動の人形を思い出させる。妹は他愛ないそれが欲しくて駄々を捏ねたが、俺はどうにも気味が悪くて彼女に味方することができず、帰る道々文句を言われた。
 ティエリアの肌は犬よりも無機質で、ビニール皮の人形よりも生々しい。躊躇なくベルトを抜き取り、細い背筋から続く白い下肢を晒すものだから、余計に倒錯した。体毛は非常に薄く、日に晒されるはずの場所とそうでない部分は全く同じ色をしている。
 普段はゆったりとしたカーディガンに隠されている腰のラインは、引き締まったというよりも女性的な曲線で細まっていて、それが服を着ている時と同じ自然な動作でベッドに向かうのを、まるでディスプレイ越しにでもしている気分で眺めていた。すると、肩にわずかにかかる毛先が揺れて扇状に広がり、その中心には振り返った怪訝そうな赤い瞳が並んでいる。
 生きていることを示す肌の動き、淡々とした仕草、無機質な肌、ティエリア・アーデという人間。一つ一つは認識できるのに、俺はそれらを上手く噛み合わせることができないでいる。
「ロックオン?」
 いつもと変わらない冷静な声音に、正気に返る。同時に、自分が言ってみれば見惚れていたのだと気付き、少しだけ憂鬱になった。これからすることを考えればそれはある意味で当然のことなのだが、もう少し恥じらいのある仕草の方が、俺は素直に喜べただろう。
 ティエリアの肌はどこまでも白く、傷一つありやしなかった。その性格と環境から見ても、セックスどころか他人に素肌を触らせたことすら稀だったに違いないのに、堂々と裸身を晒す。見せるというよりも頓着しないだけなのだろう。ベッドに乗り上げないのは、恥じらいや遠慮ではなく、自分だけ無防備になることへの警戒に思えた。
 軽く傾げられた頭が揺れて、白い頬に横髪が一筋二筋掠める。仕草の一つ一つが繊細で、視線をいつまでも縛り続けていた。それを振り切るように、右手を持ち上げて中指と薬指の先を左手で摘み、手袋を外す。薄い革が手の甲を滑り、触れる空気に素肌の皮膚がじんと痺れた。
 素手でティエリアの肩に触れる。思っていたよりも小さくて丸い。そして見た目に違わないすべすべとした、まるでゆで卵の白身を撫でているような感触。それを軽く押すと、呆気なくシーツの上に身体が開かれた。切り揃えられた黒髪が綺麗な弧を描いて広がり、白いシーツとそれ以上に白い肢体と相まって、非現実的な印象を与える。まして、その双眸は動揺も羞恥も宿すことなく、血だまりに似た瞳は揺らぐことがない。
 膝をベッドに乗り上げ、素足にジーンズを触れさせてもティエリアは微動だにしなかった。これからすること、されることを機械的に受け入れているようでもあるし、何が起こるのか理解できていないようでもある。ただ一瞬、俺が左手の手袋の先を咥えて外し、両手でTシャツの裾を掴んで一気に巻くし上げ、脱ぎ捨てた時、赤い水面のような瞳が揺らいだ気がしたが、すぐにまた凪いでしまう。
 平べったい胸に触れてつるつるとした感触を指先が知覚したとき、俺はその白い咽喉を歓喜に震わせ、張り詰めた瞳を愉悦に掻き乱してやりたくなった。苦痛なんかは与えない。どこまでも優しく、甘い歓喜に浸してやりたい。優しく優しくしてやりたい。それが愛情や優しさではなく、紛れもない情欲だったと気付くのは少し後のことだった。


 無機質な印象を与える見た目や肌触りとは裏腹に、その体温は高く、汗腺など無さそうな肌から汗が滲む。しっとりと指先が湿り、肌の上滑りを抑えて俺の感覚は鋭敏になった。肉づきの薄すぎる脇腹と胸の境を、僅かに指先がめり込む程度のゆるい力でなぞると、白い肌にぽつんと取り残されたようにある胸の頂が、ふっくらと紅色に膨らむ。
「ん……あ、」
 一番上の肋骨を繰り返しなぞると、もどかしげな鼻にかかった声が吐息と共に零れた。行き場がなく彷徨っていた手はその頭を預けた枕を握り締めている。嫌悪感など欠片もない様子に、安心して薄く開いた唇で膨らんだ片方を挟み、吸い上げた。もう片方は親指の腹と折り曲げた人差し指とで優しく摘む。顎の下でぴくんと身体が強張ったが、すぐに全身をベッドと快楽に預けた。
 すぼめた唇で周囲を絞り立てるように吸い、押し上げられた先端を舌先で転がす。痛みを与えないよう注意しながら、歯も軽く立てた。手は指の関節を使って転がすように揉む。すると俺の咽喉の辺りを叩くティエリアの鼓動が、徐々に早くなっていくのが分かった。鼻にかかった甘い喘ぎに、いまだジーンズに包まれたままの俺の下肢が窮屈だと悲鳴を上げたが、それ以上にティエリアの肌を和らげる行為に没頭する。
 唇を胸から腹へと滑らせると、温かくなめらかな肌が、柔らかく唇を押し返してきた。俺はその肌が濡れないよう、咽喉を鳴らして唾を飲み込んだ。掌は目一杯伸ばし、肌の感触を全体で味わうように腰骨の辺りを往復する。
 唇が臍に辿りつくと、唯でさえ薄い腹が力んでさらに引っ込んだ。舌を伸ばし、先端でへこみをなぞると、ティエリアは逃れるように身体を捻る。宥めるように腰骨に当てていた手で押さえ込み、唇をさらに下へと進めた。
 抗うように片膝が上がったが、それはかえって脚を開く結果になり、体重をかけ過ぎないよう気をつけながら、俺は身体をティエリアの脚の間に滑り込ませる。膝裏に手を添えて内股に頬を当てると、すべすべした薄い肉の向こうに脈動と高い体温を感じた。それを確かめるように身体を屈めて頬を滑らせる。
 ちらりと上目遣いにティエリアを見た。先程の愛撫で薄紅色に染まった胸の向こうに、やはり薄紅をした頬と潤んだ瞳が俺を見下ろしている。視線が絡み、ティエリアは俺の意図を理解したようだった。波紋の漂う赤い瞳が、形の良い眉と共に歪む。俺はそれを見つめながら身体を屈め、腿の付け根にあるそれの先端に唇を近付けた。
「や、あぁ……」
 俺を押し返そうと、伸ばしていた膝も跳ね上がろうとしたが、空いていた手で優しく押さえる。内股の薄い肌に透けて見える青紫の血管をなぞると、その脚は再び硬直したように伸びきった。唇が触れるのを見計らって、視線をそれへ下げる。視線を外す直前のティエリアの表情に、嫌悪はなかった。
 先端に口づけ、唇をその輪郭に添うように開いて咥えこむ。舌先でつつき、唇を窄めて吸う。指で裏筋をつ、となぞると俺の顔の横で太腿がぴくりと震えた。それの立ち上がりに合わせて俺は脚を伸ばし、上から覗き込むように咥え方を深くする。視線を下げると、ティエリアの足の指が丸まって、シーツを握りこむのが自分の身体越しに見えた。視線を上げれば背がしなっている為に浮き出た肋骨がある。
「ああ、はっ、ああぁ……」
 ティエリアの咽喉が震え、細い指は必死にシーツに縋り、髪は振り乱れて枕を叩く。もどかしげに腰がのたうち、俺の口から濡れたそれがずるりと抜けた直後、弾けたものが耳を掠めた。手で触れてみると、外耳と髪にべったりと粘液がへばりつき、緩い部分は耳を伝って肩に零れる。
「ひっ、」
 上体を起こしたティエリアが、俺を、というより俺にへばりついた自身の欲を見て悲鳴を上げた。瞳孔が収縮し、それが解けたと思えば、表面に涙が盛り上がる。瞼の堤防が決壊する前に、俺は指で耳を拭って言った。
「いいんだよ、ティエリア。良かったんだろ?」
 笑いながら指を含む。わずかに苦味を感じたが、特に気にもならずに飲み下した。口内の粘膜で拭いながら引き抜いた指を、萎えかけたそれの更に奥に差し入れようとすると、ティエリアは手で身体を支えて逃れようと後ずさる。
「大丈夫だから、寝て」
 膝をついて上体を伸ばし、俯くティエリアの耳にそっと呟いた。そして丸くなめらかな肩を、掌で包むようにゆっくりと押し倒す。とさ、と倒れこむ音はまるで他所事のようにささやかだった。
 仰向けに倒れても首を動かして、不安げにこちらを見遣るティエリアに笑いかけ、俺はいい加減窮屈だったジーンズのジッパーを下ろす。下着ごと蹴りやるようにベッドから追い落とし、再び指を口に含んで湿らせた。


 なめらかだが無機質な手触りの肌は、思っていたよりも柔軟性があった。うつ伏せて露わになった丸みの間に埋めた二本の指は、粘膜の拘束を緩いと感じ始めている。入り口の縁を優しく押すと、腰がびくんと持ち上がった。枕をかみ締めている所為で、声はない。けれども再び硬さを持ち始めたことが、その愉悦を教えてくれる。
「ふ、ぅん……」
 くっと中の二指を壁に指を押しつけて、空いた隙間に薬指を差し入れると、枕と唇の隙間から溜息が漏れた。持ち上がった腰は膝に支えられ、その振動に合わせて揺れている。
 やがて、三指を揃えてくるりと中をなぞっても余裕ができるようになった。時間をかけて濡らしながら慣らしたので、皮膚は柔らかくほぐれて、裂ける様子もない。それを確認すると、必死で押さえ込んできた下肢の熱が、脳にまで回って視界が瞬くようだった。長く吐き出した俺の呼吸にティエリアが気付く。指をゆっくりと引き抜くと、後を追うように腰が揺れた。
 膝をついているために曲げられた腰の付け根を両手で支え、硬直しきった俺の欲の塊を当てる。散々ほぐして熱いと感じていたそこだが、俺の欲よりは冷ややかだったようで、先端にひやりとした感触があった。しかし、少し当てただけで先端は容易く埋もれる。
「あっ、」
 ティエリアが枕から顔を上げて、背中をしならせた。なめらかな白い首に汗で髪が張りつき、生き物じみた模様が浮き出る。
「ティエリア……」
 名を呼んだ声は自分で思っていたよりもずっと低く、欲を孕んでいた。もっと優しく呼んでやりたかったのに、震えながら俺を飲み込んでいく熱に煽られて、抗う術がない。せめてゆっくりと腰を進め、先ほど指でティエリアの声を引き出した場所を、できるだけ静かに探った。
「は、あっ……」
 歯止めなく沈んでいく身体を必死で引きとめると、俺を包む粘膜がティエリアの切なげな溜息と共に収縮する。腰を抱えこんだ手に、ティエリアの硬くなった先端が触れた。それが俺の限界だとはっきり分かり、慌てて腰を引いたが、俺を内包した身体がそれを許さず、背中をしならせて大きく振れる。
「ああ、ああ、あああああっーー!」
 中で弾けた感覚に、一際高い嬌声が響き、俺の手の甲からはティエリアが弾き出した歓喜が滴った。





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