日曜日の午後にはお気に入りの水玉のワンピースを着て公園に向かいます。そこにはろっくんがいるからです。
 ろっくんは、ロックオンと言うそうです。上手く口が回らないわたしは、ロックオンと呼ぼうとしても、ろっくんになってしまいます。ろっくんはいつも公園のベンチに座って、ぼんやりとひなたぼっこをしています。
 わたしが何をしているの、と聞いたら、ろっくんはなんにもしていないと笑います。テレビで見たクマのぬいぐるみの言葉みたい。そう言ったら、ろっくんは首をかしげました。ろっくんはテレビもあまり見ないようです。そんなことだとお友達に笑われるよ、って言ったら、友達はいない、とろっくんは答えました。
 お友達がいないなんてわたしには考えられません。だって、お友達がいないってことは、学校に行くときも、お弁当を食べるときも、お休みもみんなひとりだってことなのです。わたしには耐えられません。さみしくって、胸がつぶれてしまいそうです。
 ろっくんはさみしくないの?と聞いたら、ろっくんは大人だからな、と言って笑いました。大人はひとりでごはんも食べられるし、お休みもこうやってひとりで過ごせるみたいです。すごいなぁ、と思いました。わたしはきっと大人にはなれません。ひとりのごはんはさみしいし、ひとりのお休みはさみしいのです。ろっくんに会いに来たのも、さみしいからなのです。
 最近はパパもママもけんかをしてばかりで、わたしと一緒にいてくれません。お気に入りのワンピースを着ても、パパは前みたいにかわいいと言ってくれないし、ママはワンピースに似合う水色のリボンを結んでくれません。
 だからわたしは、ろっくんに会いに行きます。ろっくんはかわいいと言ってくれて、わたしの持ってきた水色のリボンをママの代わりに結んでくれます。わたしの家ではふたりいないとできないことを、ひとりでできてしまいます。やっぱり大人はすごいです。
 でも、そうろっくんに伝えたら、ろっくんはだまって首をふるだけでした。わたしはろっくんをすごいと思ったのに、ろっくんは泣きそうな顔をしました。どうしてろっくんがそんな顔をしたのか、わたしにはわかりません。それはわたしが大人じゃないからなのでしょうか。
 わたしにはわかりませんでした。





 パパとママが別々に住むことに決まってから、わたしは家を離れなければならなくなりました。水玉のワンピースを買ってくれたパパとも、いっしょにお弁当を食べるお友達ともお別れをすませました。とてもとてもさみしかったです。たくさん泣きました。あんまりにもつらくて、痛くて、大人になりたいなぁとすごく思いました。
 日曜日の今日は、あたらしい家に、ママが連れていってくれるそうです。あたらしい家はとても遠くて、この公園にくることはもうないのだと思います。だから、久しぶりに水玉のワンピースを着て、ろっくんを探しました。
 別々に住むことが決まってから、ほとんどこの公園には来られませんでした。お友達ならさみしくってわたしを嫌いになるかもしれませんが、大人のろっくんはさみしくないから大丈夫だろうと思います。
 いつものリボンを持って、ろっくんのいるベンチに走りました。そこには、やっぱりろっくんが座っていました。でも、いつものように髪をむすんでとお願いはできませんでした。
 ろっくんの隣に、誰か、知らないひとが座っていたからです。
 そのひとはとてもきれいなひとでした。まっ白な肌と赤い目をした、ウサギみたいなひとでした。ろっくんはそのひとの前でにこにこ笑っているけれど、そのひとはお人形みたいにぼうっとしていました。そのひとは、なんだか前のろっくんを見ているようでした。
 ろっくんはお友達なんていないと言っていたのに、いくら待ってもそのひとから離れようとしませんでした。ろっくんのお休みは、もうひとりではないようでした。大人なのに、変なことだと思いました。

 わたしがろっくんのことを考えていると、ろっくんがわたしに気づいて手をふりました。ろっくんは大人なのにさみしいの? ひとりじゃなくなったの? 聞きたいことはたくさんあったけれど、声になる前にろっくんが髪をむすんでしまいます。
 ようやくむすび終わって、出てきた言葉は、わたし、遠くにいくの。さようなら、という、最近言いなれてしまったあいさつでした。うまく言葉にならないかわりに、自動的に音になってしまったのでしょう。
ろっくんは、そうか、と一度うなずきました。それから、わたしの頭をなでて、俺もだよ、と言いました。ろっくんも家を離れて遠くにいくそうです。この公園にはもう来られないそうです。
 おそろいだね、とわたしが言いました。
 おそろいだ、とろっくんが言いました。
 ウサギのようなひとはむっつりとだまっていました。
 でも、わたしはちゃんと見ました。わたしのリボンをむすぶように、ろっくんは、ウサギのひとのウサギのようなしろい手を、きゅっとにぎっていたのです。
 わたしは家を離れて、すごくすごくさみしいのに、ろっくんはなんだかうれしそうでした。おそろいなのに、おそろいじゃなくてずるいと思いました。それはきっと、ろっくんの隣にいるウサギさんのせいなのでしょう。
 それに気づいたとき、パパやお友達にお別れを言うときよりも、胸がつぶれそうに痛くなりました。


 あたらしい家に向かうとちゅう、ママにだけこっそり、ろっくんのことを言いました。
 ママはハンドルをにぎりしめながら、それは恋だったの、と教えてくれました。
 わたしにはママの言葉が何なのか、わかりませんでした。やっぱり、わたしが大人じゃないからなのでしょうか。

 ただ、こぼしきったはずの涙がぽろぽろと流れてきて、すぎさっていく景色をぼんやりとさせました。