長期休みの後、故郷からの土産だと言って、技術顧問が大量にメイプルシロップを持ち込んだ。それは、瓶の中にそのまま琥珀が入っているのではないかと思うほど美しく、やはり本場は違うと実感する。しかし宝石のようなそれの殆どを奪っていったのは、やはり隊長だった。そもそも彼が、腹一杯パンケーキを食べたいのだと言って技術顧問にせがんだのが始まりだった。我が儘な親友を持った技術顧問には同情するが、お陰でおこぼれに授かれるのは感謝している。
そんなわけで今朝の朝食はパンケーキだった。生地をざっくりと混ぜて焼くだけという手軽さから、半ば定番化しているメニューだ。しかし薄味を好む同居人はバターもジャムもハチミツをつけず、寝ぼけ眼でもそもそとかじっている。殆ど水分も摂らないから喉に詰まらせないのか心配になるほどだ。
 それでも、これみよがしに置かれたメイプルシロップの瓶には興味を示したようだ。半分ほどパンケーキをかじったところで、未だ眠気の帯びた双眸がそれに目を留めた。怪訝そうにつまみ上げ、ラベルの文字を拾う。そんなティエリアを眺めながらオレンジジュースをグラスに注いだ。
「カタギリさんからのお土産だとさ。メイプルシロップって知ってるか?」
「ビリーからの……?」
 眉を寄せるティエリアを一瞥してから、彼の手にあった瓶を奪う。包装を解き、瓶の蓋を開けた。柔らかそうな蜜が朝の光を反射してきらきらと光っている。本当に、宝石のように綺麗で触れるのも躊躇われた。
 しかし、相手にとってはそうでなかったようだ。次の瞬間、瓶の口に白い指が無遠慮に突っ込まれ、そのままぬぐい取られる。人差し指と中指からぽたぽたと蜜が垂れ落ちるのも構わず、口許に運びそれを吸った。彼らしからぬ乱暴な所作に軽く驚く。まだ寝ぼけているのだろうか。
「砂糖の、味がする」
 指の付け根にまで垂れた蜜を舌先で拭いながら、そんなことを呟いた。朝からとんでもないものを見せつけられ、驚いた後に気まずい気持ちになった。頼むからこういうことを無意識にしないで欲しい。息を吐いてから、辛うじて口にした。
「……スプーン使え。みっともない」
「面倒だ。手は洗った。問題ない」
「隊長みたいなこと言うな!」
 まだ頭が働いてないのか、極めて短いセンテンスで返答するティエリアに何を言っても受け入れられる気がしない。脱力感に挫けそうになる自分を奮い立たせ、スプーンを片手に更に反撃を試みた。
「大体お前、朝はいつも…!」
「ロックオン、うるさい」
 心底迷惑そうな声音と共に、甘い蜜の滴る指が俺の口を塞いだ。舌先にじわりと甘い味が広がる。細い指が蜜を擦りつけようとうごめく感触が、頭の中で考えていた言葉の一切をかき消した。
「甘すぎる。これでは子どもの菓子だろう。貴方もそう思わないか?」
 口を塞ぐ一方で同意を求めようと問いかける。その言葉に、彼が本当に何も考えずにこういうことをしているのだと知る。あまりにも無防備で危険だと、思った。口の粘膜をいたずらに刺激する指先のように。
「……ッ、」
 蜜と唾液にまみれた手を逃さないように固定して、押し込んできた細い指を根元までくわえ込むと、相手がちいさく息を詰めた。寝ぼけていた無防備な瞳が動揺に見開かれるのを見て、胸がすく思いがした。やがて寄せられ眉は、不機嫌でも、眠気のせいでもなく。

 ――俺もそう思うよ。

 塞がれているせいで答えられない代わりに、甘すぎる指をそっと舌先でなぞった。