視界ゼロ。それは俺にとって限りなく死に近い世界だ。そこではどんな高性能なスコープもガンカメラも意味がない。反射的に身体が強張り、身体を縮めて物陰に入りたくなる衝動に駆られた。
 それが戦場ならばそうしただろう。だが、暗闇の中で徐々に輪郭が見えてきた光景はそうなる以前と何ら変わらない。手元にある本のページもそのままだ。
「停電か」
 ベッドに寝そべっていた身体を起こしながら、わざわざ声に出したのは、自分で緊張を解くためだ。夜目は利く方だが、さすがに急な変化には対応できない。故郷のアイルランドではその運用も滞りがちだったが、太陽光発電システムの恩恵をフル活用しているユニオンではこういう事態も稀だった。
 非常用の懐中電灯はキッチンに備え付けてあるが、確か隊長から貰ったものがベッドの下に放り投げてあったはず。不精して寝っ転がったまま腕を伸ばし、プラスチックの感触を指が捉えた。掴むには少しリーチが心許ないが、無理に背筋を伸ばしていると、暗闇を切り裂くような叫びが鼓膜から脳に突き刺さる。
「ぅおお!?」
 無理な姿勢が祟り、予想だにしない絶叫を聞いて動揺した俺は、ベッドから転がり落ちて背中をしたたかにフローリングにぶつけた。背骨の凹凸が表現し難い痛みを弾き出すが、俺はそれどころではない。
「ティエリア!?」
 可愛い同居人の尋常でない悲鳴は、俺の痛覚を吹き飛ばすのに充分な効果を持っているのだ。


 ティエリアはホビールーム―――というほどかわいくはないが、パソコン機器で埋め尽くされた彼の要塞にいたはずだ。大して広くもない家のこと、暗くても支障はなく、全速力で駆けつけると、丁度ドアが開いて跳び出してきた薄い肩にぶつかった。そのまま走り抜ける勢いを、反射的に抱きしめて押し止める。背中に腕を回し、自分の身体に押し込めるようにして、俺はひとまず安堵した。
 だが、ティエリアは俺の胸に叩きつけるような叫びをその小さな咽喉から絞り出し、全身でもがいて暴れ続けた。振り上がる拳を避けつつ室内に暗闇に慣れ始めた目を向ければ、キーボードがひしゃげて床に朽ちている。いつかも見た光景だった。確かあれは酷い嵐の夜で―――やはり停電したときの話だ。
「いでっ」
 脇腹を思い切り殴られて、思わず真正直な悲鳴が口をついて出る。だが、それはすぐにティエリアの絶叫に上塗りされた。普段、大声なんて滅多に出さないので、呼吸は途切れて咽喉が焼けているように聞こえる。なのに絞り出すことを止めないから、余計に痛々しかった。
 声を出しながら力を出す、というのは存外難しいものだ。掛声程度の短いものならいざ知らず、長い絶叫と腕力の行使を同時にこなすにはそれなりの訓練が必要だった。ティエリアにそんな芸当ができるはずもなく、逃れようともがく力は大したものではない。それを理由にするつもりはないが、俺はティエリアに俺への拒絶の意思がないと判断して、その力を押しつぶすように細い身体をより深く抱きこんだ。
「よしよし、大丈夫、大丈夫」
 荒く熱のこもった唸り声めく吐息を肩口に感じながら、薄い背中をゆっくり撫でる。呼吸で上下する肩の動きが徐々に緩やかになり、硬く強張っていた身体が俺の身体にぴたりと寄り添い始めるのを感じた。
「ぜんぶ、消えてしまった」
 張り上げたせいで掠れてしまった声は、いつもよりトーンが高い。しゃくりあげる肩を撫でてやりながら、俺は慰めの言葉を探した。もっとも、ティエリアが取り組んでいた作業についての知識は、俺には欠片もないし、欠片ほどでも意味はない。例えばここに彼の友人であり俺の上司である男がいたら、少しはまともなことを言ってくれるのだろうか。
「そっか。残念だったな」
 俺はこれくらいが関の山だ。あとは、廊下で立ち尽くしているのも何なので、リビングに移動することくらいか。
 背中に手を添えたまま歩き出すと、身体の間に隙間ができるのすら厭うような仕草でティエリアがついてきた。駈け出した拍子に廊下に投げ出してあった電灯を拾い上げるときは、俺にあわせて一緒に屈む。ティエリアは暗闇に怯えているのではなく、電子機器の使えない環境が不安なのだと分かってはいても、いとけない様子は暗がりでも可愛いものだ。ちなみに自分がパソコンの代わりだということには、喜んでいいのか悲しんでいいのか未だに分らない。ティエリアにとっての重要性を考えるほどに、何とも言えない微妙な気持ちになるのだ。そのことを彼の友人に相談したら、
「あはは、のろけ?」
 と一笑に付された。


 ソファに座ると、ティエリアは躊躇も遠慮もなく俺の膝に乗り上げる。本当に、俺と触れていない部分があることを嫌がるような接触の仕方だった。ティエリアが不安がっているのだと分かっていても、膝に乗る細い身体が素直に嬉しいと思うし、役得だと思う。
「だいじょうぶだよ、ティエリア。俺がいるだろ?」
 視界の悪いこの状況で、ティエリアの不安を払拭するのに、人肌以上のものはあるまい。見上げてくる潤んだ瞳も、それを望んでいるように見えた。ソファじゃなく、ベッドに行けば良かったな。いや、それもあからさま過ぎてあれか。だがそんな雑念も、ティエリアの吐息を耳元に感じれば吹き飛んだ。
 涙で頬に張りついた髪を梳いて、そのまま頬を撫でる。指先に従って、俺の首に埋めていた頭が持ち上がり、涙で濡れたお花の顔がこちらをひたと見つめた。眼を細めて笑いかけると、促さずともティエリアは顔を近づけてくる。潤んだ瞳は微かな光も反射して、いつもより強く輝いていた。薄く開いた唇の隙間から、まだ収まりきらない吐息が吹き込む。そして濡れた長い睫が俺の頬に触れ、
 ピーピーピーピーピー
 俺を頼りに見つめていたはずの顔が、その電子音を発した携帯端末にぐるんと音を立てそうな勢いで回る。すっかりその気になっていた俺の唇は、ティエリアの冷たい髪に跳ね返された。
 リビングに放置していた俺の携帯は、軍仕様であるために供給源が異なるのか、停電の影響を受けなかったらしい。自分のものが他の機器と同様ブラックアウトしたティエリアは、持ち主である俺より早くそれに飛びついた。俺は大いに高まった期待とちょっと膨らんだ欲望が虚ろに萎む音を聞いた気がする。しかし電子音を無視するわけにも行かず、一応応答はしないでいたティエリアから携帯端末を受け取り、開いた。
「やあ、災難だね」
「カ、「ビリー!」
 ホロモニターに浮かび上がった友人の姿に、ティエリアは明らかな喜色を見せる。悲鳴に駆けつけた俺に対して暴れまくったのとは雲泥の差じゃないか?
「突然ログアウトするからびっくりしたよ。停電だって?」
「そっちは平気なんですか?」
 ホロモニターにキスせんばかりに食い入るティエリアの頭をちょっと引かせてのぞき込むと、通信先では煌々と明かりが灯り、普段と何ら変わりない。
「なんか、君らのいる区画だけエネルギー供給が途絶えちゃったみたいだよ。人為的なものか事故かはまだ不明。復旧見込みは六時間後だってさ」
 言わばライフラインが断たれたこの状況。割りと洒落にならないはずなのだが、上司はいつも通り穏やかに言ってのけたので、俺も六時間程度なら、という気持ちになった。だが、電子の申し子(いつだったか、カタギリさんがティエリアを指してそう言った)はそれどころではなかったらしい。先ほどに劣らないボリュームで彼は叫んだ。
「助けて、ビリー!」
「ごめんね、ティエリア。これから復旧作業やらで基地の対策やらで駆り出されるんだ。でも大丈夫だよ。ロックオンがいるだろう? じゃあ頑張ってねー」
 そこで通信は断たれ、ホロモニターは跡形もなく消えてしまった。


「……死にたい」
 携帯端末が沈黙すると、ティエリアは床に崩れ落ち、ティエリアはまるで世界の終わりを迎えたかのような声を出す。割りと洒落にならない声音に、俺も少し慌てた。
「いや、だめ、やめて。ティエリアが死んだら俺、寂しくて死んじゃう」
 それでも小さく丸まった頼りない肩も可愛い、などと思っては真剣に苦しんでいる相手に失礼だろうか。そこに手を回し、尖り気味の薄い肩を包んで引き寄せる。くたりと力を失った身体だったが、それでも自ら腕の中に収まった。力なく落とされた肩を撫で、小さな頭を自分の顎の下に押し込んで隙間をできるだけ無くしてやると、ティエリアはやっと長く息を吐いた。
「そんなに不安か?」
「不安だ。電子機器の稼動していない空間で過ごすなんて……俺は、僕は、私は……」
 声の摩滅と共に俺にしがみつく力すら抜けていく。俺は慌てて、クラゲのようになった身体をかき抱いた。
「六時間なんて、寝ていりゃすぐだぜ?」
「セキュリティーもない空間で睡眠をとると?」
 言葉は高圧的だが、嗚咽まじりでは強がりにしか聞こえない。本気で本当に真実、ティエリアは不安なのだ。カタギリさんが言った「ロックオンがいるだろう?」という言葉はどうやら的外れだったらしい。……一応、俺も言ったんだけど。
 ふと、そこで先ほど放り出したものが爪先にぶつかって自己主張をした。ティエリアを抱えたままそれを足で引き寄せ、拾い上げる。とりあえず俺は深刻に苦しんでいるティエリアの心理的な負担を軽減してやる必要があり、それには深刻さをなくしてやるのが一番だと思うことにした。
「ティエリアティエリア」
 俺の軽い口調を訝しんだティエリアが、雨にしおれた花のような顔を上げる。その目の前で、俺は手元のスイッチを入れた。
「ビームサーベル」
 旧式の蛍光灯のような棒に内蔵電源から電気が伝わり、発光する。おもちゃもいいところだが、うちの隊長はこれが大のお気に入りで、全隊員に配布した挙げ句、ハラキリするならばこれですると豪語していた。今更だが、まさか購入費は経費じゃないよな? あの隊長の自腹だったら、それはそれで嫌だが。
「実用化はまだ不可能だ……」
 白く照らし出された顔は一瞬呆気に取られたが、すぐにまたくしゃりと歪んだ。嘆くのはそこなのか? と思わずにはいられないが、言わずにまた抱きしめてやった。
 さてどうしたものかととりあえずビームサーベル型の懐中電灯(懐には到底入りそうにないが)に白々しく照らされた部屋を見回す。こうして見ると、普段いかに電子機器に溺れて生きているのかが良くわかった。オーディオの時間表示すら消えて、真の闇だ。普段なら消灯してもカーテンの隙間から街灯の光が漏れるのに、それすらない。ただ微かにカーテンの影ができるのは、月明かりだろう。
 俺にとっては懐かしい光景だ。アイルランドの太陽エネルギー供給は不安定で、暗闇の中で怪談話を楽しんでは妹を怒らせ、しまいには泣かせた。だが、太陽光発電がなくとも月はあり星は輝く。妹の涙を止めたのはそれだった。
 俺は役に立たなかったビームサーベルを放り出し、言った。
「出掛けよう、ティエリア」
 部屋の中の真っ暗闇よりも、カーテンから差し込む薄闇の方がきっと良い。
「閉じこもっているから怖いんだ。外の方が明るいから」




 行き先を決めずに、街灯一つ灯っていない住宅街を歩いた。昔から方向感覚は良い方で、道に迷うということはあまりない。暗闇が怖いのか知らない道が不安だからか、俺の左腕にぶら下がるようにして離れないティエリアは、それでも黙ってついてきた。ふとすれば息遣いすら音高く聞こえる静寂だったが、無機質な感じはしない。たまに吹き抜ける夜風と、どこかの庭木の香りが静寂を穏やかなものにしてくれていた。適当に都市部とは逆方向に歩いていたら、小高い丘に行き当たる。なだらかな坂の先、丘の頂上には公園らしきものがあり、その遥か上では月が昇っていた。
 理由もなく上ってみようと思った。同意を求める代わりにしがみつかれていた腕を振りほどく。ティエリアが拒絶されたと感じるより先に、尖った肩に腕を回して抱き寄せた。涙の乾いた頬が俺の肩にひたと乗るのを感じてから足を進めると、腰にティエリアの頼りない掌を感じる。身体の縦半分を重ねるようにしながら、俺たちは丘に上った。
 スロープを上りきった先では、芝生がオムライスの卵のように丘を包んでいた。休日には家族づれで賑わうのだろうと、水飲み場に忘れられたプラスチックのバケツや、ブランコの脇の三輪車が物語っている。
「あ、」
 肩の辺りをティエリアの髪が叩き、そのまま身体が離れていくのを感じた。背後を振り返ったティエリアの視線の先には、遠くの都市部の明かりが煌々と瞬いている。今し方上ったばかりの丘から、飛び降りんばかりの勢いでそちらに引き寄せられるティエリアの身体を、俺は腕の上から縛るみたいに抱きしめた。
「あそこに行きたい」
 車で一時間はかかる距離でも、摩天楼といわれる高層ビル群の明かりははっきりと見える。同時に、それだけはっきりと隔絶されているのだとまざまざと見せつけられているようだった。ある一線を境界とし、街の明かりは黒く切り取られている。風に煽られるティエリアの髪越しにそれらを見て、誘蛾灯に惑わされるティエリアの気持ちもわからないではなかった。
「ロックオン、あそこに」
 けれども俺はティエリアの言わんとしていることを察しながらも、家に戻って車を出そうとはしないし、閉じ込めるみたいに抱きしめている腕を緩めることもしなかった。今、腕をほどいたらそのまま丘を転げ落ちるというのもあったが、ティエリアを誘惑する都市の明かりを面白く思わなかったのも事実だ。
「こっち来いよ、ティエリア。星がきれいだ」
 まだ夜景に未練を見せるティエリアの腕を強引に引き、視線と夜景を隔てるようにして芝生の上に座らせる。俺が自分の要望を聞き入れそうもないと判断したのだろう、ティエリアはすぐさま俺の胸に顔を伏せてしまった。こういうとき、彼は意外と諦めが早い。そして他を拒絶したがる。眼鏡のフレームが歪みそうなくらい強くしがみつかれ、その角が食い込んで胸をチクリと刺された。
「ティエリア、顔上げろよ。今のご時世、アラスカにでも行かなきゃ、これだけの夜空は拝めないぜ?」
 風に弄られてくしゃくしゃになった髪を撫でながら、輪郭に指先を引っ掛けて上げようとするが、線の細い顎は意外と頑なだった。
「満月ならもっと明るかったのにな。ああそうだ、久しぶりにお話でもしようか、俺の王様?」
 かつては俺の適当な千一夜物語に夢中になった王様だったが、反応しなかった。俺に向けられた旋毛はまっすぐだが、へそは完全に曲がってしまっているらしい。こうなったらどんな言葉も無力だと、俺も学んでいた。だから、先ほどは無粋な電子音で邪魔された手段でもって挑む。
 シャンプーの芳香が残る髪に口づけた。一つ音を立てるごとに、さっきから微動だにしなかった頭がもぞもぞと動くので、その度に位置を変えて旋毛を、こめかみを、額の生え際にキスをする。同時に、摩擦熱で体温を上げるように両腕で背中を撫ですさった。腰骨の辺りを押し上げるようにすると、俯きがちだった上半身がぐっと動き、俺の胸とティエリアの顔に隙間ができる。左腕を細い腰にしっかりと回してから、右手でずれかけた眼鏡を取ってやると、ようやくティエリアが俺の大好きな顔を見せてくれた。
「やっと見えた、顔」
 眼鏡を傍らの芝生に置いて、目元を軽く拭ってやると指先が少し濡れる。月と星だけの頼りない明かりの下では、ティエリアの美貌も輪郭程度しか伺えないが、それがかえってその端正なことを際立たせていた。肌が白くおぼろな光を孕でいるようで、いつか見た白い大理石の彫像を思わせる。
 暗い中でもしっかり見えるように、瞳をじっとのぞき込む。濡れた瞳はわずかな光も反射していて、思っていたよりもずっとよく見ることができた。けれどもやはり現状についての同意は得られなかったようで、きゅっと結ばれていた唇の隙間からは不満げな溜息が漏れる。
「やっぱ、いや?」
「いやだ。……これでは、あなたの顔も見えない」
 叫んだせいですっかり掠れた声はいつもよりハスキーで、それはそれは艶っぽく俺の鼓膜を濡らしてくれた。くらりと脳みその下の辺りで何かが揺れたが、それと同じくらい庇護欲というか愛しさというか、まあ即物的ではない感情も並立していてくれている。
「じゃ、さわってみるか?」
 この発言はそうした俺の複雑極まる愛情の発露だ。ティエリアは俺が時々泣きたくなるくらいの素直さで、その提案を受け入れた。輪郭を確かめるように、鼻や額、瞼にティエリアの繊細な指先が触れ、その後を噛みしめたせいで腫れた唇が追ってくる。一切のハイテクを奪われた反動だろうか、酷く拙くて、原始的な接触だった。鼻に軽く歯を当てられ、そのまま鼻先から目頭の辺りまで甘噛みされる。


 ―――もしかして期待をしても?


 そう思わずにはいられない仕草だったが、うっすらと目を開ければ見える表情はやはり不安げだ。俺が長く不在にしたあとのように、頼りなくておぼつかなくて、居た堪れない淋しさを抱えている。ああ、やっぱだめだな。抱けない。
 俺は俺の顔にしゃぶりつくティエリアの肩を掴んで引き離した。退けられた両手が行き場を求めて俺に延ばされるが、リーチの差でティエリアの身体は俺から離れる。
「いやだっ、」
 そのまま掴んだ肩を反転させて、後ろから脇の下から腕を差し入れて抱きすくめた。顔は見えないが、俺の腹や胸とティエリアの背中がぴたりと密着していて、距離はゼロだ。
「ロックオン、」
「顔が見えないなら同じだろ。いいから、上見てな。ほら、あそこの一番でかい星、わかるか?」
 姿勢を戻そうとするティエリアを多少強引に押さえつけ、俺はおぼろげな記憶から必死に星座に関する知識を引きずり出して話をした。オリオンとアルテミスの物語は、妹が悲しいと泣いたのでよく覚えている。俺はおおぐま座とこぐま座の方がぐっときた気がする。さそり座を題材にした歌のメロディはどうしても思い出せず、明日までに思い出す約束をさせられた。




 そうして俺の星をめぐる物語も尽き始めた頃、ティエリアは俺の肩に頭を預けて静かな寝息を立て始める。月が沈み、星が姿を隠し、遠くの空が白み始める中、俺はティエリアを背負って坂を下り、家路についた。
 停電は嫌だ。短時間であっても不便は不便だし、ティエリアは泣く。けれども普段は空よりもホロモニターを見ることに夢中なティエリアに、あんなにゆっくり星を見せて話をできるのならば、停電だってそう悪いものではないと、背中の温もりが教えてくれた。