じんじんと痛む耳を押さえながら深く、ふかくため息をつく。看護服のまま、しおらしく肩を落とすティエリアを見て同情心が沸かなくはないが、ここは心を鬼にして父親として叱らねばなるまい。いくら善意からくる暴走といえども、二枚しかない鼓膜を危うく破られそうになったのだ。
「耳は平衡感覚を司る器官だって知ってるか? 言ってみりゃ目とか手足とかと同じくらい、パイロットの命みたいなもんなんだよ」
「…わかって、いる」
「すぐテレビに影響されるのはお前の悪い癖だ。俺のことを想ってやってくれたのは分かるが、不器用なのに慣れないことしなさんな」
 ああ耳痛え、と思わず独りごちると、細い肩がびくりとふるえる。よく見ればレンズの向こう側の赤い瞳に涙の膜ができている。それに気づいた途端、同情心のゲージが思い切り跳ね上がってしまった俺は、心からだめな親だと思う。
 二人掛けのソファの空いたスペースにどっかりと腰掛け、小さくなっているティエリアの肩を引き寄せる。いつもは触れると安心したように力が抜けていく身体がぎゅっと緊張に固くなったのがわかって、かわいそうに、と他人事のように思った。つい先ほど鼓膜をレイプされたことすら忘れそうな俺は本当に甘い。しかし、俺たちは言葉を使うのがあまりうまくない。ティエリアは言葉を十分に知らないし、俺はついはぐらかしてしまう。だから身体で伝え合うのがきっと、一番いいのだ。
 引き寄せた身体を更に倒して、膝の上に寝かせる。さらさらとまっすぐな髪がこぼれ落ちていくのをきれいだと思った。紅茶色の目がまるく見開かれて、そこに笑いかけてやる。なるべく、安心できるような笑顔で。
「ロックオン、これは…」
 問いかけるティエリアの頭を強引に傾け、真正面を向かせる。さらりと動いて髪がこぼれおち、その間から除く耳に触れると、ぴくりと身体が跳ねた。不用意に触れてから、彼は耳が弱いことを思い出す。しつこく舌で舐るといやだ、と繰り返して泣いて―――発想がいやらしい方向へいったので慌てて軌道修正した。ここでおっ立ててしまってはすぐに悟られてしまうので。
「耳掃除ってのはこうやるんだよ」
 綿棒を取り出して、そっと入り口を撫ぜる。それだけでまたティエリアの肩が震えた。
「んっ…」
  なるべく優しく粘膜を撫でて、少しずつ耳垢を削っていく。人形のような外見の彼でも耳垢は出るのだな、と当たり前のことを思った。少しずつ綿棒を奥に進めていくと、ティエリアがくずぐったそうに身をよじる。
「や、だ…そんなとこ、だめ…っ」
「言う割には、こんなに出てきてるぜ?」
 彼の汚れを落とした綿棒を彼の視界に置いてやると、とたんに彼は耳まで朱に染めた。ちょっと悪乗りしすぎたかと胸中では思うが、赤面するティエリアが可愛いので謝らないでおく。
「なんてものを見せるんだ、あなたは…!」
「お前が出したんだろ? こんなにためちまって…悪い子だな」
 くりくりと綿棒で曖昧に粘膜を刺激すると、ひっとティエリアが息をのむ。赤くなった外耳が色を戻す気配はなく、彼の体温は高まるばかりだった。
「やっ…あ、あなたは、意地悪だ……」
「俺だって痛くされたんだぜ? ちょっとは反撃させろよ」
「あ、あやまる…から、やめ、あ、」
 更に奥の方を優しく刺激してやると、もう言葉もまともに紡げないほどに反応を見せる。彼は本当に耳が弱いようだ。まさかここまで反応がいいとは思わなかった。おかげでただの耳掃除のはずが、よけいな欲まで沸いてきてしまいそうだ。
「気持ちいいか? ティエリア」
 言葉の代わりに長いため息を吐き出す。緊張でこわばっていたはずの身体はくたりと力が抜けていて、ソファからはみ出た腕が落ちて床の上をさまよっていた。
「いい…」
「俺もイイよ」
 俺の膝の上で看護服のティエリアが悶えるというのは正直たまらないものがある。耳の痛みと引き替えに、とんでもないものを見てしまった。
「しかし、これではあなたが癒されないのでは…?」
「いや、癒しっつーか…もっとすげえのが見れたから俺的には問題ねえっつーか、大歓迎っつーか」
 何のことかわからず、怪訝そうな顔をするティエリアの頬はほんのりと紅潮していて、幼さと色を同居させた不思議な魅力があった。過労死寸前の疲労を吹き飛ばすような高揚に熱い息を吐き出して、最後に大きな耳垢を優しくぬぐいとる。
「ひぁっ…」
 頼むから、そんないやらしい声を出さないでほしい。興奮するから。
 必死でこみあげてくる欲を自制しつつ、彼の穴から綿棒を抜き取る。その瞬間、俺のものを抜いた瞬間とまるきり似た表情とため息を吐かれて、どうすればいいのかわからなかった。据え膳だ。だが、無意識だ。この矛盾が残酷だ。
「はい、おしまい…わかった?」
 耳掃除をしただけなのに息を荒くしているティエリアに声をかけてみるが、たぶん、あまり聞こえていない。
「耳掃除とは…こんなに気持ちがいいものなんだな」
 あんあん喘ぐのはお前だけだよ、と付け加えてやろうかと思ったが、そう呟いたティエリアの瞳があまりに透き通っていたのでやめた。
 できることなら今すぐ風呂場で一発抜いておきたいところなのだが、ティエリアはいつまでも俺の膝から動こうとはしなかった。退くどころか、すりすりといとおしげにほおずりし始めたので、ますます途方に暮れてしまう。
「あの…ティエリアさん?」
「あなたの膝は、あたたかいな…」
 本当に、そんな清らかに笑わないでください。お願いだから。すぐそばにははちきれんばかりの俺の欲望があるというのに。
 雄の性だから仕方ないとは分かっていても、ティエリアの笑顔を見ているとものすごく、自分が猿になったような気がしていたたまれない。
「あなたこそが癒しのプロフェッショナルだ…ロックオン」
「うん…うん」
「? なぜ泣いている?」
 無意識の善意は罪だ。無自覚な純粋さも罪だ。エロい格好をしてエロい声をあげてなお清らかでいられる恋人が心底いとおしく、そして憎らしかった。
 俺の汚れたバベルの塔が一刻も早く静まってくれることを心から祈った。そのくせ短いスカートからのぞく太股に見入ってしまう自分を殴りたくなった。