ピンクのカーディガンに包まれた腕をそっと掴んで引き寄せる。細い身体はゆらりと揺れて、引かれた勢いのまま俺にぶつかった。俺は半身を引いてそれを胸板で受け止める。
「ぶつかる」
 夕方の大通りは人出が多く、足早に通り過ぎるサラリーマンの張った肩が、ティエリアの細身に衝突するのを避けるための動作だったが、ティエリアはそのまま離れずに俺の左腕に身体を添わせて歩き続けた。
 ―――お。
 公衆の面前での接触は望まないように思っていたのだが、そうでもないらしい。再び、今度は恰幅の良いご婦人にぶつかりそうになる薄い肩に手を回し、密着させるように抱き寄せても抵抗は無かった。どうやら望む望まないというよりも、人ごみそのものに耐性がないようだ。向かってくる人を避けようともせず、左右から圧迫されるがままに蛇行する様は見ていて危なっかしい。同様に、人前でどうこうという感覚もないのかもしれなかった。
「早く帰りたい」
 舌打ちと共に肩口で声が振動する。苛立ちを隠しもしないその響きに、口の端が吊り上がった。外を排撃する言葉の裏には、内への回帰願望がある。帰るとティエリアが言ったのだ。
 買い物袋を手首に提げた腕を持ち上げて、掌でティエリアの背中を宥めるように撫でる。ウールの細かい網目を指先が詳細に拾い、その先に体温を感じた。
「ああ、帰ろう」
 掌を当てたまま背中を押し、人ごみの流れから外れる。その先には止めてあった車があった。



 
 再生治療を終えても、三週間眠り続けた後遺症はあるし、リハビリと術後治療も必要だった。そのために与えられた一週間の自宅療養だが、果たしてそれは三週間の不在を埋めるのに足るものだろうか。
 それを確かめるように、ティエリアは不器用に距離を縮めたがった。元々二人で暮らすには狭い家では大して距離をとりようもないが、食事の時には床に座り込んで、椅子を使う俺の足にもたれる。本を読む時には俺の背中や肩を背もたれにする。そして眠る時は、狭いベッドで身体をぴったり寄り添わせて、爪先まで体温を交わして眠った。
 いつもならパソコンに向かったまま出かける俺に背しか向けなかったのに、買出しに行くと告げると俺を眼鏡越しの瞳が見上げる。切れ長の瞳が大きく開かれて、感情と行動の選択に迷っているようだった。
「一緒に行く?」
 頷いたティエリアを一度は説き伏せて待たせ、急いでとりあえず買ってきた服を着せた。冗談で買ってみたピンクのカーディガンにティエリアは何も言わず、気に入っている様子を見せたので、若干罪悪感めいたものを感じるが、整った顔立ちに大抵の服は似合うのかという感銘の方が大きい。おかげで、人ごみの中では注目を浴びかねないティエリアから目を離す心配はなかったが。
 その細かい網目のウールは、今も尖りがちな薄い肩を丸く包んでいる。それがぴたりと俺の膝に寄り添っていた。折角の食事だから顔を見ていたい。小さな咽喉が俺の作った食事を嚥下する様を見ていたいと思ったが、ティエリアはテーブルを挟んだ距離すら拒んだのだ。
 食器が触れる音がして、下からずいと皿が押し出された。濃い味を厭うティエリアのために、薄味の素パスタが盛ってあったそれは綺麗に空になっている。それを黙って受け取ってテーブルの上に置いて、空いた手を椅子の傍らへと下ろした。指先が頬のなめらかな弾力を捕え、軽く曲げた指に顎の輪郭を引っ掛ける。促すままに、ティエリアは顔を上げた。前髪が零れて白い額が露わになる。
「ごちそうさまは?」
 見上げてくる顔は無表情なのに、その容貌に反して人形的な印象を与えない。それが確かに意志を持って見上げてくる瞳によるものか、唇についたパセリの所為なのかは分からないが、俺はそれが素直に嬉しいし、可愛いと思う。親指で唇を拭ってパセリを取りがてら、俺は顔を傾けてティエリアをもう一度促した。
「ごちそうさま」
 呟きは小さかったが、こういう時なら俺にはそれで十分だ。だが、俺には十分でも、ティエリアはいつだって満ち足りていない様子で、離れようとする俺の手を掴むというには弱々しすぎる指で捕える。答えるように再び親指で唇をなぞると、薄く空いた隙間が受け入れた。粘膜までは到達しない、緩い咥え方にティエリアの稚拙さを知る。あやすように残る四指で咽喉元を撫でれば、頬が掌にぴたりと密着して親指の先に舌が触れた。
「む……」
 ティエリアは唇で甘く親指を食み、椅子からぶら下げた俺の手に縋る。鼻にかかった甘い声に、椅子に預けた腰が少し震えるのが分かった。
 腹は満ちて、ティエリアがいる。身体の芯が震えるほどに幸せだと思った。けれどもうすぐ療養のための休暇は終わる。俺はそれを告げなければならない。それはどういうことになるのだろう。俺は朝起きて身支度をして朝食を作り、眠るティエリアを起こし、一緒に食事を摂ってから仕事に出かける。帰ってくるのは十時間以上も後だ。
 だが、それが普通だった。今までと同じになるだけなのに、全く別の新しくて酷い生活が始まるような予感がした。
「明日から、また仕事なんだ」
 もっと優しい言葉を選びたかったのに、言葉は俺の意思を無視して流れ出る。何気なく言う事で、出かける俺に背を向けるティエリアを期待したのかもしれない。けれども掌の中にある小さな顔が震えて体温を下げていくのを感じて、自分の言葉の残酷さを思い知る。
「いっ……」 
 震えて一度緩んだ手が、今度は引き裂くような力で俺を縛った。爪が食い込んで骨と筋肉が軋み、親指を小さな歯が噛み締め、前歯のギザギザした感触が突き刺さる。
「ティエリア、」
「っ、いや、だ」
 俺の指を咥えたままの、掠れた声が悲痛だった。長い足を縮めて、垂れ下がった俺の手だけに縋る姿を不器用だと思った。ティエリアが求めているのは俺の体温なのに、甘さも優しさもない。切実に、生きるために必要なのだと感じる。
「ティエリア、俺と離れたくない?」
 卑怯だと分かった上で、俺は聞いた。俺の手を縛ったままティエリアが小さく頷き、爪に破られた皮膚が擦れて鋭い痛みが走る。
「俺の、近くにいたい?」
 親指がしゃぶられた。赤子がそうするような仕草だ。深く咥えられ、舐められ、吸われて歯が立てられる。また皮膚が裂けて痛みを感じたが、そこはすぐさまティエリアの舌先が舐めて塞いだ。
「ティエリア」
 名前を呼び、席を立った。ティエリアは動かず、手も離してはくれないのでテーブルの方を動かしてすぐ隣に膝をつき、顔を覗き込む。すぐさま細い身体が抱きついてきた。眼鏡を飛ばすほどの弾けるような勢いで、後先を考えていない動作を、俺は項と腰に腕をまわしてしっかりと受け止める。細い項から後頭部の丸みにかけてを右手で覆い、後ろ髪を軽く引いて促すと肩口に埋もれていた顔が上げられ、俺が首の角度をちょっと変えるだけで唇が触れた。
 不器用な唇が慣れない動きでキスを繰り返す。どうしたら飲み込めるのか、試行錯誤をしているようだった。唇の膨らみを押しつぶし、その奥にある舌を吸う。酸素を求めて開いた口から、唾液がそろそろと流れた。呼吸に上下するティエリアの肩を支えながら、それを指先で拭ってやると、涙ぐんだ赤い瞳がきっと再び俺を映す。もう一度、と開かれた唇に、俺は自分から舌を差し入れた。
「ふっ、んん……!」
 奥に引っ込んで縮こまっているティエリアの舌をできるだけ優しく引き出し、先端を柔らかく噛む。歯列の内側をなぞり、唇は合わせたまま時折隙間を空けてやった。
「息、して」
 喘息患者のような荒々しい呼吸音は、そのままティエリアが生きる音に聞える。背骨が折れるほどに強く抱きしめ、もう一度強く、隙間無く唇を合わせてから、そっと離した。
「は、ぁ……」
 溜息と共に、唇の間につながった細い唾液は断ち切れる。それをティエリアは涙の浮かんだ瞳で悔しそうに見ていた。繋がっていればいいのに、と俺も思う。
「ティエリア」
 俺自身ではなく、俺を繋ぎとめることに夢中になっているティエリアの注意を呼び戻すために、もう一度名前を呼んだ。細すぎる腰を抱き寄せると、そこに俺の熱が確かに触れる。それを意識しながら俺は告げた。
「これ以上に距離を縮める方法を、俺は一つしか知らない」
「わ、たしは、一つも、知らない」
 投げ出されたままだったティエリアの膝が、俺へと寄せられる。細身のパンツがさらに細い下肢の曲線を浮き彫りにして、それが俺の膝の上への乗り上げようとしていた。俺はそれを片腕で一つに抱え、もう片腕で縋りつく上体を支えて足に力を込める。
 抱き上げられたティエリアは、身体が浮く感覚に戸惑っていたようだった。肩に埋めていた顔を離して俺の顔をまじまじと見つめる。俺は安心させるようにと笑ったのだが、それは意図していたよりもずっとなめらかに表情に出た。笑顔というものは意識しなくともできるのだと、久しぶりに理解する。
 ティエリアの表情がまたくしゃりと歪んで俺の肩に伏せられた。耳の下をくすぐるティエリアの髪に、頬をすり寄せながら俺はベッドに歩み寄る。俺一人でも窮屈に感じかねないシングルベッドだ。カンバスを張っただけの、前の住人の置き土産。もう少し家具に拘っていればと思っても、今となってはもう遅い。そもそも自分一人のためには拘る気になどならなかったのだ。
 

 そんな堅いベッドにティエリアの身体を横たえる。離れまいと首にかじりつく腕は少し強引に解いた。
「いやだ、」
「大丈夫、じっとして」
 耳に直接吹き込むように囁いて、そのまま耳朶に口づける。そこは血が透けて真っ赤に染まり、脈動が聞えるようだった。震えながら俺のシャツの胸の辺りを掴もうとする手を、そっとシーツに縫いとめる。指が不安そうに足掻いたので、シーツを掴ませた。
 咽喉元のボタンに手をかけると、白い咽喉がごくりと上下する。緊張しているのだというのが痛いほどに伝わった。身体を屈めて唇に触れるだけのキスをすると、いかっていた肩が下がって微かに緊張が解けていく。そのことに少しだけ安堵して、ライトグリーンのシャツのボタンを外した。ボタンホールからぷつりとボタンが抜ける度に、血管が浮き出る白い肌が露わになる。
 着やすいもの、というコンセプトと可愛げを重視して選んだ服は、図らずも前開きでボタンを外せばさらりと肌蹴た。肋骨が浮き出た脇腹を、シャツを押し退けながら探ると肌が粟立つ。シーツを握り締めた指は血の気が通わず、紙のように真っ白になっていた。
「大丈夫だよ、ティエリア」
 気休めを口にして、俺は一度身体を起こす。茫洋としたティエリアの視線を受けながら、片足を乗り上げてティエリアの細腰を跨ぎ、Tシャツの裾を両手で掴んで一気に脱ぎ捨てた。シャツの襟から顔を抜いたとき、見開いたティエリアの瞳と視線が合ったが、赤い双眸はすぐに視線を逸らして壁紙を凝視する。
 ベルトを外し、ジーンズのボタンをジッパーを下ろした。膨張していたそこが緩められて、大分呼吸が楽になる。その分だけ、余裕が生まれた。
「ティエリア」
 膝をついて上体を伸ばし、ティエリアの身体を上から覆う。間近に見えた俺を見上げるティエリアの視線は、恐ろしいほどに澄んでいて驚いた。怯えや恐怖がないことに安堵したが、その見透かされそうな視線の力に一瞬、息を呑む。
「あなたが得られるものは何もないのに、」
 言葉と共にぞくりとするほど端正な顔が歪み、声が引き攣った。俺はそれを最後まで聴かずに唇を塞いで身体を重ねる。言葉を交わすと、むしろ距離は遠く遠くに回りこんでしまう気がした。それでは迂遠なのだと思ったから、今、こうして身体に熱を抱えているのだ。
 両の頬に手を添えて口づける。舌先に唾液を絡めてわざと音を高くした。密着しているのだとその音が教えてくれる。
「はぁ、」
 唇を離すと大きく開いた口が酸素を取り込む。魚のようにぱくぱくさせる下唇にちゅっと口づけてから、俺はティエリアの耳の下から頬にかけて添えていた手を下へと下ろした。まっすぐに下ろせば、指先はやがて胸の先端へと辿りつく。
 突起の周囲を指の腹で軽く摘むと、ぴくりと胸が上下した。刺激になりすぎないように加減しながら、柔らかく抓り、引っ張り、揉みこむ。その小さな弾力に夢中になりかけていると、頭上で押し殺した声が聞こえたことに気付いた。
 顔を上げると、ティエリアは自分の指を噛んでいる。そうすることで声を抑えているのだろうと、歯の食い込んだ皮膚から滲んだ赤が告げていた。胸を弄っていた手を離し、ティエリアの手を口元から引かせる。
「だめだよ」
「っい、や……」
「いやじゃない。いやじゃないから」
 肌の破けた箇所を舌の中央を使って優しく舐めると、ティエリアの咽喉の奥から甲高い声が漏れた。そこに確かに響く情欲に、少し安堵したのは我ながら酷い話だと思う。
 涙の滲んだ目尻を口で吸ってから、ティエリアの薄い胸に顔を伏せた。指で解したそこを、今度は唇で吸う。肌とは微妙に異なる触感と、ふっくらと立ち上がった弾力に舌先から電流が走るのを感じた。空いた手はもう一方の相手を務める。膨らんだそれを、傷つけないよう慎重に、けれどもはっきりとした刺激になるように爪を立てた。
「ひっ、」
 こり、と引っ掻く感触と同時にティエリアの身体が小さく跳ね、声が漏れる。それを宥めるように、引っ掻いたそこへ唇を移した。薄く浮いてしまった赤い筋に舌を這わせ、尖った先端を吸い上げると、悲鳴にも似た声には甘い響きが混じり始める。
 ふと、下腹部に小さく硬く当たる感触がして、少し慌てた。胸への刺激にやや上機嫌になったのは良かったが、その分だけきっと苦しい。痕が付くほど強く吸うのを最後に胸を解放した俺は、身体を起こしてティエリアのスラックスに手をかけた。
 すでに緩めてあったそこは、可哀想なほど張り詰めていて、けれども解放の手段も知らずに泣いていた。ティエリア自身なのだと感じて、迷わずそこへ顔を伏せる。
「あ、あぁ、んん、」
 口腔に包んでさらに張り詰めたそれと同じく、声が高まった。が、やがて抑制されていく響きに俺は眉を顰める。
「ティエリア、声、抑えないで」
 一度口を離して、囁くように告げた。その耳に届いたかどうかは分からないが、ふーっと吹きかけた吐息が一層強くそれを震わせ、前以上の高い声が放たれる。同時に張り詰めていたそれも再び大きく震え、吐き出した。添えていた掌に、解放されたものを受け止める。脈動すら感じられそうなそれは、確かに熱を持っていた。
「あ、ああ、あぁー……」
 声は徐々にか細く、消えていく。小さく痙攣する腰を宥めるように空いた手で撫でて、下腹部に頬を押しつけた。頬の下に血の躍動を感じ、筋肉の収縮する音すら愛しくて頬を滑らせて口づける。強く吸うと白い肌にはすぐに痕がついた。
「はぁ、はぁ、は、は……」
 一度の到達でティエリアの肢体が弛緩したのを確認した上で、ティエリアの足を持ち上げて膝を曲げさせる。訝ったように一瞬強張るが、強く抗うこともなかった。俺は折り曲げられたティエリアの足の間に身体を滑り込ませ、ティエリアの解放を受け止めた掌を、その白い下肢の奥へと潜り込ませる。手首を傾ければ掌の中央から中指の先へ、雫が垂れた。その先端を足の間、その中央へと挿し入れる。
「ひっ、」
 眩しいくらいに白い内股がびくりと震えた。俺はそこにぴたりと頬を当てて、宥めるように擦り寄せる。
「大丈夫だから、ティエリア。もっと近くに行くだけだから」
 囁きと共に中指が深く入った。伝ったティエリアの精液が滑りを良くして、するりと第二関節まで呑みこまれる。中でそれを絡めるように、ゆっくりと指を掻き回すと細い背中が弓なりにしなった。ぐずぐずとぬめりを帯びて慣れ始めると、人差し指を、次いで中指を増やす。内側から指の腹を揃えて強く擦ると、達して弛緩していたそれが再び頭をもたげた。指を中に残したまま、そこに再び口づけようと下げた頭に、ティエリアの声が届く。
「こん、なの、嫌だ」
 嗚咽の混じった声には、鼻にかかった甘い悦びと戸惑いが入り乱れていた。まだ少年らしいそれに、性急な快楽を与えてしまった罪悪感が頭をもたげる。
「うん、ごめん」
 けれども今更止まることも出来そうにない。俺も他に知らないのだ。人と人とがこれ以上に近づく方法と約束を。


 長い時間をかけて解したそこから指を引き抜く。ずっと締め付けられていた指は軽く痺れていて、それを握ったり開いたりを繰り返して感覚を取り戻した。そこに開かれたティエリアの片足がぶつかるように接してくる。
「なに、して……、」
 頬を紅色に染めたティエリアが、俺の仕草に照れているのだと気付いて、俺はささやかな悪戯心を持ってその指を舐めた。舌先に残る苦味を感じながら、見開かれたティエリアの瞳の赤を綺麗だと思う。目尻と頬は紅を刷いたように染まっていて、はっきりと扇情的だった。
 限界を悟って、足に纏わりついていたジーンズを下着ごと蹴やるようにして脱ぎ捨てる。硬直しきった先端を当てるだけで、時間をかけて解したそこは呑み込もうと蠢いた。先端から脳髄にまで一気に電流が走り、ティエリアの肢体を掻き抱いて無茶苦茶に揺さぶってしまいたくなる。そんな衝動を懸命に抑えて、呪文のように呟いた。
「好きだよ、ティエリアが好きだ、ティエリア、」
「っ、あぁ……」
 呟きに合わせて、少しずつ膝を進めてティエリアの中に押し入る。一歩いざる毎に柔らかく受け入れられているのを感じ、同時に締めつけが身体の中心へと迫ってきて、衝動を堪えるのに苦労した。
「、ックオン、ロックオン、ロックオン……、」
 震える声で名前を呼ばれ、意識が急激に引き上げられる。下肢は繋げたまま背筋が引き攣るほどに上体を伸ばして、シーツを掴んでいるティエリアの手を握り締めた。
「ティエリア、」
「ん、くぅ、」
 俺が上半身を伏せたので、爪先を丸めて震えていたティエリアの足は、太腿が自身の腹に接するほど折り曲げられている。俺の顔の傍にある白い太腿には、既にいくつかの鬱血が咲いていた。繋がりが深くなり、包まれ締めつける感覚が強くなる。それはティエリアにとっても同様で、上から包むようにして握った手が裏返り、指と指とが確かに絡んで痛いほどに握り返された。
「ティエリア、わかる?」
「あ、あぁ、」
「近くにいるよ、傍にいるんだ、ここに、いる……!」
 押しつけるような乱暴なキスの後、握り締めた手を頼りに腰を前後に揺さぶった。半ば転がるように丸まっているティエリアの身体は、スプリングも効いていないベッドの上でも小刻みに弾んで、内包した俺を強く扱く。ベッドの金属的な軋みと、徐々に悲鳴以外の愉悦の色を孕み始める声が鼓膜を叩いた。
「あ、ああ、んん、ぁあああ……!」
 一際高い嬌声と、俺の全てを搾り取ろうとする収縮に、俺の脳もショートする。雷が落ちたときのインパクトに似た白い光が視界を覆い、一瞬何も見えなくなった。だが繋いだ手の強さと、密着した肌の感触が一つになっている相手の存在を告げる。
「あぁ、ティエリア……!」
 痙攣と共に、数度ティエリアの中に吐き出した。同時に腹に何かがぶつかって弾けた感触があり、ティエリアと最も原始的な感覚を共有したのだと知る。
 徐々に鎮まり視界が晴れ渡った時、それを支配したのはティエリアだ。もはや付けた記憶もない数々の鬱血にも劣らぬ赤さの瞳が、涙で霞みながらもじっと俺だけを見ていた。その視線に捕らわれる。
「ロックオン、ロックオン、」
「うん」
 繋がりを解かないよう、身体をずらすようにしてティエリアのすぐ隣に身を横たえた。狭いベッドの上では距離をとりようもなく、それどころか抱きしめていないと身体がはみ出て転がり落ちそうだった。ティエリアの細い身体に腕を回し、俺の肩口にティエリアの小さな頭を埋める。些細な動作で繋がった場所が疼いて、互いに小さな呻きを漏らしたが、離れようとはしなかった。
「ロックオンが、近い」
「そうだよ、すごく近い」
 汗で張りついた前髪をかきあげ、指先で汗の雫を拭う。ついでに手の甲で頬を撫でると、ティエリアは長い睫毛を伏せて目を細めた。息遣いが徐々に収まり、全身から力が抜けていく。
「もう、大丈夫か」
「え、あぁ……」
 痺れかけていた足を何とか動かして、そっと身体を足元へずらしていった。ずる、と萎えた自身を引き抜くと、振動に合わせてか細い声が響く。離れた足が不安げに揺れたが、それ以上は動かないようでティエリアの視線が俺に絡んだ。
「大丈夫」
 乱れた毛布を整えながらティエリアの隣に再び横たわる。べたつく足をそっと触れ合わせて、薄い尖った肩を抱き寄せた。小さな頭がこてんともたれ、空いた手でその髪を梳いてやる。
「好きだよ、ティエリア」
 俺の言葉に、肩に触れた唇が何事か呟いたようだが、眠気と俺の肩に阻まれて聞こえなかった。もう俺に爪を立てることはなく、そのまま眠りに落ちるティエリアの髪を肩を撫でながら、俺も下がる瞼に意識を委ねる。手の中にある温もりは、そのための安堵をくれたのだ。





「じゃあ、行ってくるな」
 久しぶりの軍服に袖を通し、襟を整えてから振り返る。ティエリアはその美貌をパソコンに向けてばかりで、ちっともこちらを見てはくれなかった。朝食の時でさえ、視線を皿に向けっぱなしだったのだ。
「早めに帰ってこれるから、夕飯は一緒に食べれるぞ」
 返事はなく、ティエリアは滝のようなスピードでホロモニターに流れていく文字を見つめたままだ。ご機嫌が斜めなのは分かるが、さすがに居た堪れない。
「ティエリアー?」
 一度持った荷物を置き、ティエリアの背後に立った。気配には気付いているだろうに、振り返りもせずキーボードを乱暴に叩いている。ただ一言を呟いて。
「さっさと行け」
 やはりご機嫌斜めのようだと確信した。だが、久々の別離が厭わしいのは俺とて同じだという気持ちもある。ライトグリーンの襟から覗く白い項には、まだ赤々と昨夜の名残が残っているのだ。
 溜息を一つ吐いて、両腕を広げた。そのまま上体を倒れこむようにして、座ったティエリアを背後から抱きしめる。
「っ、なに、」
「いってきます」
 反論や抗議は飛び出す前にその唇を塞いで止めた。触れるだけのそれでも十分な効果を発揮し、驚いたティエリアの視線は俺に釘付けになる。見開かれた赤い双眸の間の、整った鼻筋にもう一度キスを落としてから、俺は少し皺の出来た軍服を整えて家を後にした。


 今日は復帰の初日だから、辞令の受け取りと溜まったデスクワークの整理で終わるだろう。あるいは気の良い隊長や同僚に快気祝いに誘われるかも知れないが、謹んで自体するしかない。一刻も早く帰らなければならないのだ、俺の帰りを拗ねて待っている美人のために。
 忙しなく帰宅の予定を考えている俺の背後で、出かけるために開けたドアはようやく閉まりきったようだ。きっと、この一日はとてつもなく長いに違いない。