あまり積極的に外出する方ではないが、それにしては退屈ということを知らない相手だと思う。
 一緒に暮らし始めたときはデイトレードにのめり込み、友人が出来てからは端末越しにその研究の手伝いをし、かと思えば通販番組に夢中になり、俺の家族が来てからは見習って料理にまで手を出し始めた。
 ライルの影響で少しは外に出ることも覚えたようだが、それでも家に引きこもりがちだ。その中で彼なりに退屈しない娯楽を見つけてきて、俺のいない間に家であれこれとやっている。以前、化学実験にはまったときなどは壁の一部を吹っ飛ばし、新聞紙をぺたぺたと貼ってごまかそうとしていた。目の当たりにしたときは、怒るよりも思わず笑ってしまったのだが。
 ああいうちょっと危険な趣味でなければ、基本的になんでもやらせてやりたいと思うし、実際止めずに見守ってきた。そのお陰で兄さんはティーに甘すぎると嫌みを頂いたこともあるが、彼の行動をとやかく言っても仕方がないのだと、短くない付き合いのなかで充分に実感していた。

「…趣味を、見つけなければ」

 しかし、そんな彼が唐突にそんなことを言い出したから返す言葉をなくした。彼はいつの間にか小脇にカルチャースクールの広告雑誌やらバイク雑誌、釣り雑誌、挙げ句の果てにアニメ雑誌までもを小脇に抱えて、次々と広げ始める。
「どうしたんだよ、いきなり」
 雑誌の山を真剣に眺める彼に思わず問いかけると、その手を止めて、非常に真剣な顔で彼は答えてくれた。
「趣味がなければ老後に困ってしまうとテレビで言っていた。主に釣り、囲碁、将棋…カラオケなどが適当だと」
 絶対、見る番組を間違えている。そうツッコみたかったが、ぐっと飲み込む。一度エンジンがかかってしまった彼は、何を言っても聞く耳を持たないと知っていたから。
 仕方なく、別方面から攻めてみることにする。別に趣味を探したいと言う彼を止める理由もないのだが、進む方向を間違えている相手に軌道修正を促すのは優しさだろう。
「端末でいっつも何かやってんのは趣味だろ?」
「あれは日常の雑務だ。余暇を有意義に過ごすためのものではない」
「じゃあ、カタギリさんと色々話してんのは」
「あれはビリーの研究の手伝いだ。趣味ではない」
「通販とかお前、好きだろ?」
「唯の買い物で老後を楽しく過ごせるわけがない」
「ろーご…ねえ」
 何というか、勘違いもここまで明後日の方向に行くといっそすがすがしい。別に老後がどうとかは趣味に対する必要条件ではない筈だ。一体どんな番組を見たのか知らないが、彼はずいぶんと趣味というものを難しく考えているようだった。
 真剣に雑誌をぺらぺらとめくり、素早い手つきで付箋を次々とくっつけていく彼に、密かに口の端をつり上げながら問いかけてみる。
「お前さんの言う趣味ってどんなのを言うんだ?」
 問いかけると、眼鏡越しに赤い目を丸くした。少し意地の悪い質問かもしれないが、頭を冷やすには効果的だろう。指にくっつけたままだった付箋をぽいっと捨てて、顎に手を当てて考える仕草を見せる。彼の、こういう妙なところでの真面目さが、俺はわりと好きだった。
「老後…長い間、ずっと続けられて」
「あれだけ言ってたもんな」
「そのためには、毎日、飽きずに続けられて」
「ほうほう」
「手軽に出来るのが、いいな…」
 ひとつひとつ丁寧に条件を数えている細い指先を見ていたとき、ふと、あることに思い至った。思わず笑みが深まる。なんだかずるい結論のような気もするが、この辺りで手打ちといきたいものだ。
 少しもったいぶって、ゆっくりと口に出す。
「…ティエリア、わかった」
「何だ?」
「お前にぴったりの趣味、教えてやるよ。老後までばっちりだぜ」
「本当か!? ロックオン」
 雑誌を閉じてぱっと子どものように目を輝かせる相手が可愛い。ぐりぐりとまるい頭を撫でてやった後、そっと離して自分へと向ける。
「俺、ってのはどうだ」
「…?」
 怪訝な顔をして黙り込む彼に、若干外したような心地がしないでもないが、
もう引っ込みがつくわけもないので言葉を続けた。
「毎日顔を合わせてるからお手軽で飽きねえし、老後も退屈しねえと思うぜ」
 眉間にしわを寄せながらまた考え込んでしまう様に、僅かばかりの気まずさを覚えた。まさか諸手を挙げて歓迎されるだなんて思ってはいなかったが、ツッコミくらいはくれると思っていた。こういうとき、弟の存在の重要性を実感する。今すぐ端末を鳴らして罵って欲しい衝動に駆られる。
「確かに、条件は合致するが…」
「だろ? 完璧じゃねえか。ティエリアの趣味は俺ってことで」
 気まずさをごまかすようにぽんぽんと何度も叩いていると、ティエリアは何かに急に気がついた様子で息をのみ、こちらを見つめた。
「…ロックオン、あなたの趣味は、」
「んー、強いて言やあ車、とか。読書とかだな」
 この二つは老後でも飽きずに楽しめる自信がある。車は手軽さという意味では少し劣るが、毎日乗っている分日常に密着した、大切な趣味だ。読書もなんだかんだ言って子どもの頃から続けている。
 しかしティエリアはそれでは不満なのか、俺の答えを聞いたまま唇をとがらせ、小さく呟いた。
「僕だけ、不公平だ」
「…え?」
 聞き返したが、押し黙ったまま散らばった雑誌を片付け始める。どうやら彼の中で趣味探しは一段落したらしいが、それよりも重要なことを言われたような気がした。妙な高揚で顔が緩むのを抑えながら、片付けで丸められた背中を後ろから抱きすくめる。
「お前は趣味じゃなくて生活必需品だから」
「…意味が分からない」
 そう返した彼の耳が赤く染まっているのを見て、抑えていた笑みがつい漏れてしまう。片付けている手を妨害するように強引に引き寄せると、二人してバランスを崩し、フローリングの床に倒れ込んだ。