このシチュエーションは落ち着かない。ベッドに腰掛けると、そわそわと貧乏揺すりが大げさに振動するので立ち上がった。すると身の置き場がなくて、大して広くもない二人の寝室をうろうろする。
 顔を直してから、とティエリアは言ったが、時間から見てシャワーを浴びているのだろう。いつもはなし崩しもとい自然な流れでことに及ぶので、相手のそういった準備を待つということにひどく不慣れな自分に自分で驚いた。
 そういえばいつもは一緒にバスを使ってそのまま―――
 あるいはすでに互いに入浴を済ませてから酒でも飲みつつ―――
 ときには帰宅した俺がティエリアの身体から湯上がりの匂いを感じて―――
 かなり本気で過去の自分と先刻ティエリアに告げた言葉を抹消したくなったところで、おぼつかない足音が聞こえた。うろうろしているのも不自然なのでベッドに腰を下ろすと、一瞬遅れてドアが開く。そして同時に明かりが消えた。
 ドアに背を向けていたが、気配は確かに感じ取れる。ペタペタという足音は、バスルームに駆け込むときにルームシューズを蹴り飛ばして裸足だからだ。幼い足音はティエリアの躊躇を誇張しているようで、振り返って急かすのもはばかられる。
「ティエリア……」
 大した意味もなく、ただ名前を呼ぶ。答えはなく、ベッドの反対側が軋んで、ティエリアが乗り上げたのがわかった。そのままティエリアから触れてくれるのを待つ。間もなくそれは与えられた。
 しなやかに伸びた腕が首に絡んで、そのまま胸の辺りまで指先が垂れる。背中に軽くのしかかる重みが心地良く、絡められた腕に手を添え―――ある違和感に行き着いた。
 俺の誕生日は春というにはまだ寒い時期だ。加えてティエリアは夏でも肌を露出させることはなく、部屋着のほとんどが長袖だった。なのに、首に触れるやわらかな二の腕の感触はなめらかな素肌そのままだった。
 背中にぴたりと密着する薄い胸と平らに下る腹は、あまりに近い。手を伝って後ろ手にティエリアの身体に触れる。丸い頼りない肩のすべすべとした感触が指先に応え、脇にまで伸ばせばティエリアの身体が小さく跳ねた。離れかけた腕を掴んだまま、ベッドサイドのスイッチをつける。
「おま、なんて格好、」
「せっかく消したのに!」
 明るい光に照らし出されたのは、ティエリアの真っ白な裸身だった。俺の視線を受けてたちまち赤く染まっていくそれが、逃れようと身をよじる。
「いやだっ」
「いやじゃねえだろ。そんな格好で」
 力任せに引き寄せて抱き締めた。手に触れるのはどこもかしこもすべすべとした素肌で、湯上がりらしく温かい。腕の中でそれでも顔を背けようとするティエリアの頭を、肩に乗せて伏せさせるとようやく大人しく収まる。
「……怒るなら、しなければよかった」
「怒ったんじゃねえよ。びっくりしたの。嬉しすぎてさ」
 鼻先で髪をかきわけて探り当てた耳にささやき、そこを甘噛みすると、背中に当てた手のひらが震えた。もう逃げられる様子はないと見て、背中と肩にそれぞれ回していた手を下へと滑らせる。先ほど惜しくも逃したやわらかな感触を手のひらで堪能しながら、俺は舌でなぶっていた耳に訊いた。
「プレゼント、もらっていいんだよな?」
 首を伸ばして震える咽喉を晒しながらティエリアが頷くと、なめらかな髪が頬を撫でる。額を当てて擦ると、ティエリアは察してようやくこちらを向いた。


「ロックオン……」
「なーに」
 気だるそうな声が耳に心地良い。頬に触れる太腿のなめらかさと弾力を存分に堪能しながら、俺は上機嫌な声を出した。
「いつまでこんな、…ん、」
 ぴたりと閉じられた足の狭間に埋めた顔を揺すると、ティエリアの声も甘く震える。仰向けに寝そべったティエリアの、やわらかな膝枕に伏せながら手のひらを上へ滑らせれば、なんの咎めもなく細腰を伝って胸まで届いた。俺がねだって明かりをつけたままにすることに成功したので、その先端が少し膨らんで固くなっているのが見える。それでも俺はそれには触れず、先程から顔を埋めている場所にも強い刺激は与えずに、ひたすらティエリアの柔肌を堪能することに専念していた。
 重ねた枕に背を預けたティエリアが、白い咽喉を仰け反らせて長く息を吐く。上下する胸も白い。ティエリアの肌はどこもかしこも真っ白でなめらかで、人のものではないような気さえする。ずっと触り続けているせいで淡く血の色が透け始めていても、まだ生々しい刺激を与えていないので、作りもののような雰囲気を保っていた。
 それに焦れ始めているのも知っている。決定的な刺激を与えられないせいで、燻り始めた熱に戸惑っているのもわかる。それでも要求するには至らない中途半端な熱に喘ぐのも可愛いなんて思う俺は、やっぱり最低なのだろう。
「欲しい? なあ…」
 平らな下腹部に頬を当てると内臓や筋肉が収縮する音がする。そこに直接呼びかけるように、手で口元を囲って熱い息を吹きかけながら問うと、上半身が乗ったティエリアの足が跳ねた。
「今日は、あなたが僕を欲しがる日だろうっ……」
 ティエリアの手がシーツをきつく噛む。要するに俺が求めない限り何もしないというのが、この場合のティエリアの矜持ということだ。ティエリアはいまだに俺がティエリアのおねだりが大好きだということを、今いち理解してくれていないので、我慢比べで教えてやってもいいかもしれない。幸いなことに、明日は一日遅れの誕生日休暇らしいのだから、時間はたっぷりあった。
「欲しがってるだろ? ティエリアの肌、気持ち良い」
 シーツを引き裂きそうなほど手に力を入れているのは悔しいからだろう。その手を取って甲にキスをすると、ティエリアは怒っていたくせに困った顔をする。そのまま身体を起こして皺の寄った眉間にもキスをしてから、ティエリアの身体を横向きに寝かせ、自分もその背に寄り添うように寝そべった。
 明かりをつけたままにする条件が、俺もティエリアを同様の格好になることだった。とうに服を脱ぎ捨てた素肌を、目一杯ティエリアのそれに触れさせる。肩甲骨の浮き出た背中が胸に辺り、やわらかな尻が下腹部に乗り、素足同士が絡む。ティエリアの肌があまりになめらかなせいで、密着しようとしてもすぐに滑ってしまうが、その感触が心地良い。
 前に回した腕に力を込めて抱きしめると、腕の中の身体が熱を持ち始めた。指先でそっと脇腹をなぞると、また背中がひくりと跳ねる。
「あったかくなってきたんだけど」
「うるさいっ……!」
 汗ばみ始めた肌は、もうそうなる前のすべすべとした感触ではなくなった。ソープの香りに紛れていた肌の匂いが強くなり、それを嗅ぎつけた俺の体温も上がっていく。
「っ、ロック、オン!」
「ばれちまった」
 肩越しに振り返るティエリアに、おどけて舌を出して見せる。同時にティエリアの腰に、それまで巧みに避けていた自身の熱を当てた。ティエリアの頬にさぁっと赤みが走り、俺はその口が俺のずるさを罵る前に塞いでしまう。
「んんっ、んー、」
 最初のそれより濃厚に、強く舌を吸った。ティエリアの身体を自分の下に引きずり込んで、そのまま足の間に割ってい入る。抗ったティエリアが上掛けを蹴とばして、身体を覆うものが何もなくなってしまったが、少なくとも俺の方に不都合はなかった。
 すでに固く張り詰めていたそれをティエリアの太腿に擦りつけて宥めながら、咥えて濡らした指を明かりの下に晒された付け根に宛がう。大きく開いた足のせいで、中指一本なら慣れたそこは簡単に飲みこんでみせた。
「やぁ、あ、んっ」
「もうちょっと待ってな、もうちょっと、」
 下手な我慢比べをしたせいで俺にも余裕はなかった。挿しいれた一本の指を性急に掻き回し、強引に解して人差し指と薬指を捻じ込む。そんな強引さにも、太腿を胸につきそうなほどの体勢にも、ティエリアの柔軟な身体はすぐに馴染んだ。三本の指を揃えてある場所をねっとりと押すと、ゆるゆると立ち上がっていたティエリアの中心も濡れて一気に張り詰めた。
 もっと強い刺激を求めて指を逃がすまいとティエリアが力を入れても、濡れた指は容易く引き抜ける。ティエリアは肩透かしを食らったような顔をしたが、すぐに目を閉じて長く息を吐いた。キスを待つような表情は、次に与えられるものがわかっていて、薄紅色に染まった頬がその期待を告げている。その顔にどうしようもなく欲情する。
「あ、はっ、ああっ」
 ティエリアの咽喉が震えていたので、きっと高い声を出していたのだろう。だが聞こえるのは不思議と自分のスポーツの掛け声じみた性急な息遣いばかりで、しかし夢中で腰を進めた。
 強く突くたびにティエリアの中が収縮してそれを受けとめようとしているのを感じる。それがたまらなくてまた突くことを繰り返す。身体があんまり激しく動くものだから、ベッドも波打って目が回るようだった。どちらが上か下かもわからず、ひたすら抱きしめて貫いた身体にしがみつく。ティエリアの両脚は俺の腰に絡んでいた。
 何度目かに強く突き上げると、二人の繋がった部分がベッドから浮き上がるほど激しく揺れる。それくらい強い力だった。ティエリアの長く高い啼き声が止んでベッドに着地すると、そこからはティエリアが受け止めきれなかったものがだらだらと伝っている。
 俺が吐き出してなお、眩暈のするような快感に朦朧としていると、息も絶え絶えのティエリアが身体の下で何かを呟いた。
「なん、だって…?」
 呼吸を整えることもできないまま耳を口元に近づける。俺以上に乱れた呼吸に紛れて、ティエリアはようやく言った。
「まんぞく、か?」
 一瞬、きょとんとして息をするのを忘れる。当然すぐに酸欠になって肩で呼吸を取り戻さなければならなくなった俺を見て、ティエリアはそれこそ満足そうに笑った。
「ハッピーバースディ」
 そしてそれだけ言うと、俺が何か応えようとするよりも先に、すとんと意識を眠りの国に落としてしまう。どこかにスイッチでもあるのかと疑いたくなるくらい健やかな寝息を立てるティエリアに、俺はまた呆気に取られて息をするのを忘れ、また酸欠になる。
 そして再び呼吸が落ち着いてから、汗ばんだ額にキスをして、唇をつけたまま音は出さずにささやいた。
「最高だよ」
 ベッドサイドの時計を見やれば、3月4日、朝6時。休暇があと24時間はあることを確認してから、俺はティエリアの頭を抱いて目を閉じた。
「誕生日おめでとう、俺」
 反省することは山ほどあるが、今はこれでいいと思える365日の内の一日だった。