次は勝つ。そう少女の金眼が強く謳っていた。機械的な口調に気負った雰囲気を感じる。彼女は少女だが、職業軍人なのだろう。
「そうはいかんよ、ミス・ピーリス」
「なぜですか」
 率直な疑問。硬質な中にも憤りがある声。感情を抑制しているというよりも、感情のバリエーションを知らないようだ。先日、ソレスタル・ビーイングを称する武装組織から発信された情報と、目の前の彼女が符合する。
「君のようなレディに遅れを取るわけには行かないだろう?」
 人革連が技術の粋を集めて作り上げた超兵も、グラハムの保守的なフェミニズムの前には可愛らしいミス・ピーリスでしかないらしい。
「少尉は優秀なパイロットだよ、中尉」
 背後からかけられた声に、表情の選択に困っていた彼女の顔が引き締まる。教本に模範例として載りそうな完璧な敬礼を受けたのは、資料で見たことのある男だ。
「セルゲイ・スミルノフ中佐でいらっしゃいますか。お会いできて光栄であります」
「私もだ。―――少尉」
 荒熊の異名を持つ男は少女を振り返る。
「技術士官が呼んでいた。戻れ」
「了解しました」
 完璧な敬礼が繰り返される。彼女の上官へ、次いでグラハムとその後ろの僕へ。律義な回れ右をして去る一連の動作は、軍人というよりも寄宿学校の女生徒のようだった。きっと制服をきちんと身に着けた、厳しい監督生が似合う。
 そして少女の背中がティエレンのモスグリーンの向こうに消えるまで、沈黙が続いた。口火を切ったのは中佐だ。
「彼女は若いが優秀なパイロット、軍人だ。ああいう扱いは少尉も不本意だろう」
「優秀ならば戦場で戦うことも戦死することも仕方ないと?」
 彼の言葉と口調は剣呑すぎた。世間話の範疇からはいささかずれている。
「グラハム、」
「彼女は軍人なのだ、中尉。貴官や私と同様に」
 少女よりも重厚で圧迫感がある敬礼に、グラハムは冷静に、僕は慌てて応えた。中佐の厚みのある背を見送ってから、グラハムは毅然とした口調で言う。
「あんな少女を戦線に投入するなど常軌を逸している」
「あれが噂の超兵なんだろうね。ソレスタル・ビーイングに潰されたコロニーの」
「全てが道理に悖る。理性のある人間ならば即刻ミス・ピーリスを軍から除籍し、解放すべきだ。セルゲイ・スミルノフ、高潔な男だと聞いていたが……」
 近くに人革の人間がいなくて良かった。彼の演説向きな声質は通りが良過ぎて、合同演習というデリケートな場ではヒヤヒヤさせられる。ネットワーク情報が流れて誰もが思い、そして今日の演習で言わなかったことを平然と言ってのけた。いや、彼にしてはオブラートに包んだのかもしれない。
(彼女は軍人なのだ)
 重厚な声を思い出す。わずかに苦渋を感じたのは贔屓目だろうか。
 彼女は生き方として軍人を選んだのではない。軍人としてしか生きられないのだ。他の選択肢を誰も18歳の少女に与えることは叶わない。また今更与えたところで、それは彼女のためになるとも思えない。
 グラハムは正しいのだろう。しかしそれはミス・ピーリスのためではない。その憤りは彼自身の正しさと強さでしかないのだ。
「誰もが君のように生きられるわけではないんだよ」
 グラハムはわからない、という顔をした。わかるまい。その正しさゆえに。
「正しいことは良いことだ。しかし必ずしも優しいわけじゃない。……君のそういう正しさや強さに、救われる人間もいるけれど」
 だから彼の周りには人が絶えない。僕もまた、ここにいるのだ。