その庭には多くのツツジが植えられていた。王留美の別荘は持ち主に相応しく華やかで、瀟洒に整えられている。噴水を囲む花壇に所狭しと咲くツツジは形が綺麗に整えられていて、けばけばしい印象もなく、香しさと共に華やかにも慎ましく咲き誇っていた。
「珍しいな、外にいるなんて」
 俺がそう声をかけた相手は、こっ恥ずかしい表現をすれば、それらの花々にも負けない美貌の持ち主だったが、華やかさだとか柔らかさを徹底的に欠いている。庭にしつらえてある白い椅子に腰掛け、海を見つめたまま発せられた返答も容姿に等しく硬質だ。そのせいで風景から浮いて見える。もう少し表情を作れば絵になるのに。
「俺が外にいて、何か問題が?」
「いいや。いいことじゃないか」
 海から吹く風が前髪を持ち上げる。するとティエリアの白い額が露わになって、改めてその顔立ちの端整なことを見る者に教えた。
 眼鏡のフレームが邪魔だな。
 そう思った矢先、露わになった額の下で形の良い細い眉が歪められる。
「潮臭い」
 不快感を隠すことなく吐き出され、俺は思わず海に同情した。
「そりゃ海だからな」
「潜伏するのに海上が有効なのは理解できるが……」
 地上よりも宇宙を好むティエリアには、地球に溢れるあらゆる匂いが不快らしい。俺からしてみれば、宇宙だって艦内には艦内の匂いがあると思うのだが、まあ嗅覚とそれに対する感想は人それぞれだろう。
「潮だけじゃないだろ。花の匂いとかもする」
「嗅覚が疲れるだけだ」
「そんなことないだろ? これだけあるんだから」
 手近に咲いていたツツジの枝を引き寄せて、ティエリアの形の良い鼻に近付ける。
「どうよ?」
「別に何も。というかあなたは何がしたいんです」
 ねめつける顔にツツジの一枝を寄せる。白い頬に紅い色が良く映えた。だが、観賞する暇もなく枝は繊細な造作をした手に払われる。ツツジが一輪、ぽとりと白いテーブルに落ちた。
「あ〜あ」
 俺は枝から手を離し、落ちた一輪を摘み上げる。鼻先に微かな甘い香りがした。この花弁の付け根にある、蜜の香りを彷彿とさせる。
「潮といい貴方といい、気分が悪い。失礼します」
 花を手折ったティエリアは花のようなかんばせを翻して別荘の中に向かう。そんなつんけんしたティエリアの態度に些細な悪戯心を刺激された俺は、その薄い肩を掴んで裏返すように引いた。
「何、」
 咎めだてる声は、萼と花芯を外した花を根元から押し込むことで塞ぐ。ティエリアの口は広がった花弁に完全に隠された。
「甘いだろ?」
 答えの代わりに、口に差し込んだ花が散る。花弁の付け根を噛み切ったティエリアは身も凍るような視線で俺を貫いたあと、前言に従って室内へと消えた。きっと行き先は地下のコンピュータルームだろう。


 テーブルに散った花弁を一つ摘み上げ、付け根に唇を当てる。そこには微かに蜜の味があった。