彼は世界を歪んでいると考えていて、世界の歪みを知っていて、世界のあるべき姿を夢見ていた。あるいは彼の志に根付くものこそ、夢だったのかもしれない。爆風に吹き飛んだ儚さに絶望した彼が望んだのは、夢の続きであったのだろうか。
 彼の望みは紛争の根絶であった。


 世界の変革を志していた。それは夢でも理想でも主義でもなく、義務であり使命であり存在理由であり自分の価値だった。
 紛争の根絶。それこそが本懐。
 しかし本懐を遂げた世界に興味はなかった。私は世界を歪んでいると考えていて、世界の歪みを知っていた。だが世界のあるべき姿というものを夢にも見たことはない。彼のようにかくあればという理想像を、紛争のない世界への憧憬を私は持たなかった。


 やがて彼は理想や本懐や志から程遠いところにいってしまった。
 何が彼をそうさせたのだろう。意識を取り戻してから、彼のところにいき損ねてからずっと考えている。彼が残したAIのメモリを閲覧しても、何もわからなかった。
 何が彼をそうさせたか。
 過去への執着。そう結論づけることは容易い。だが何かがそれを躊躇わせた。理解できないのだ。ただ、彼は全てを失い、私は彼を失った。彼が失ったものの中に、私はきっと含まれてはいまい。彼の執着を何一つ理解することのできなかった人間ならざるものなど。

 彼を失った世界に歪みが広がっていく。弾圧が虐殺が隠蔽が、うねりとなって世界を侵食していく。
 与えられるものを何も知らずに受け入れる衆愚。受け入れられずに抗う者たちが起こす、何一つ変わることなく続く紛争。
 彼が夢見た世界を私は知らない。彼が愛した世界がわからない。その命を懸けてまで復讐せずにはいられなかったほど愛しい世界とは、何なのだろう。それは今、眼前に広がる世界が変革して成りうるものなのだろうか。


 ロックオン、果たしてこの世界はあなたが愛するに値するものなのですか。
 答えてくださいロックオン。私は世界の歪みを壊すことしかできないのです。あなたを失った私は、あなたを失ったこの世界を、愚かなものと見下してしまうのです。

 
 それは人ならざるものの思考です。私は人でありたいです。あなたと同じ人でいたいのです。