オレの可愛い教官殿は生真面目で、堅物だ。それ故にいかなるミッションも真剣に、完璧にこなそうとする。それは、ガンダムマイスターとして当然のことなのかもしれない。
だが、1Gに設定されたトレーニングルームで、真剣に華奢なピンヒールを相手に格闘している彼を見ていると、同情を禁じ得ない。それを口にしたところで本人にきつく咎められるだけだから、黙っておくけれども。
今回の彼の任務は、パーティでの潜入捜査。そこまではいい。しかし、身を引き締めてそれを承諾した彼の前に満を持して出されたのは、胸の大きく開いたドレスだった。絶対に楽しんでいるだろう!とミス・スメラギに詰め寄りたくなったが、彼は目を少し見開いただけで、それ以上の追及も抗議もしなかった。
だだっ広いトレーニングルームには不似合いの華やかなドレスとピンヒール。それだけでも歩きづらいだろうに、なんと大きく開いた胸元には豊満な乳房が収まっているのだ。確かにこの服にはある程度胸があった方が似合うだろう。女装の不自然さを隠すためにも、大げさな程の巨乳は効果的なのかもしれない。それにしても、慣れないパーツとヒール、そして長い裾にバランスを取ることすらままならない彼を見ていると、滑稽なのを通り越して気の毒だった。
ずてっ、と間の抜けた音がして何度目か分からず彼は転倒した。聞くところによると、この後はダンスのレッスンまであるらしい。まともに歩けもしないのに、ダンスなど夢のまた夢だと思うが、それでもこなすのだろう。彼は、ガンダムマイスターなのだから。
「お疲れさん」
彼の愛飲しているミネラルウォーターを片手に、もう一方を彼へと伸べた。オレに努力している姿を見られたくはないのか、不機嫌そうに眉を寄せてふいと視線を逸らすだけだ。もちろん、伸べた手が握られることはない。それでもしっかりとミネラルウォーターだけは受け取って、生まれたての子鹿のような足取りで立ち上がる。
「あっ…、」
しかし不安定なピンヒールのせいで再びバランスを崩してしまう。しかも今度は片手にミネラルウォーターがあるせいで受け身も充分に取れない。そこで咄嗟に手が出たのは仕方がないと言えよう。渡したオレにも責任はあるのだから。
「…っと、大丈夫か? お嬢さん」
しかし、口をついて出た台詞がまずかった。特に後半部分。ティエリアが思い切り不快そうな顔をする。幸い、転んだ額が赤くなっていたせいでたいした迫力は出なかったが。
「悪かったよ」
それでも気分を害したのは確かなので、謝罪の言葉を口にする。肩から腰に掛けて回した腕をふりほどくようにティエリアが身をよじり、バーへと体重を移動させた。こうして見る姿は完璧に女性のそれなのに、触れた感触は骨張った少年のものだった。倒錯的な感覚に襲われそうになり、苦笑する。外見が良いというのはいけない。
「何か用か」
「別に、大変だなって思って。仲間を気遣っちゃいけねえのかよ」
そうは言っても、滲み出る好奇心を隠しきれてはいなかったのだろう。ティエリアの眉間の皺は消えないまま、畳みかけるように言葉を重ねられる。
「乳房はニューハーフ用のアタッチメントパーツ。サイズはDカップと聞いている。化粧は当日専門のスタッフによって行われる。ドレスのメーカーはコベイン、ピンヒールはノヴォセリック。どれも王留美による見立てだ。総額は彼女に聞くといい」
「…なんだ、それ」
「いわゆるF&Qだ。この姿になってから、質問をされてばかりで頭が痛い」
憎々しげに吐き出される様は、この姿への嫌悪というよりも好奇の視線を向けられる疲れから来るように見えた。しかし本人には申し訳ないが、オレもまたそういう目で見る側なのだ。ティエリアの気持ちも分かるが、彼を苦しめた人間の気持ちも痛いほどに分かる。
一見偽物だとは分からない、精巧なつくりの乳房は、違和感などまるでなくドレスの中に収まっている。そしてそれに見入ってしまうのは雄として産まれた性だと言えよう。巨乳は有名人のようなものだと喩えたのは誰だったか。その善し悪しはともかくとして、とにかく見てしまうのだ。
「…アタッチメントパーツが珍しいのか」
「あ、ああ」
そういう訳ではないのだが、否定するのも面倒なほど谷間に見入ってしまっている。相手は男で、これは偽物だと、分かっているのに。外見に違和感がないのが悪い。
しかし、こういう見られ方を良しとしない彼のストレスはオレのあずかり知らぬところで急上昇していたようだ。眉間の皺が増え、バーを握る手の力が強まる。
もしオレが、もう少し彼の様子に気を配っていたのなら、彼をこれほどまでに苛立たせることはなかっただろう。もしくはオレが、感情的になった彼が突飛な行動を取ることを知っていたのなら。今になって後悔をしても仕方のないことだった。
意外に沸点の低い彼が、臨界点を突破するまでそう時間はかからないのだ。
「まだ足りないのか!? 見たければ好きなだけ見ていけ!!」
そうして、彼はドレスをはだけさせ、存分にアタッチメントパーツ―――偽の乳房を、俺の前に晒した。
確かに偽物であり、着脱可能であり、身体の一部ではない。彼の羞恥心の対象にはならなかったのだろう。靴下か、もしくは肌着を見せるような感覚に近いのかもしれない。
「おまっ…何してんだよ馬鹿!!!!」
いつものオレなら、彼の極端な行動に引いていただろう。それくらいの常識は持っていたつもりだった。しかし、雄にとっておっぱいはおっぱいなのだ! いくらピンク色の乳首をしたロケットおっぱいが完璧すぎて嘘くさいものであったとしても。見目麗しい女性と見まごうドレス姿の少年と組み合わさってしまえば、唯のパーツと割り切れる筈がない。本物の張りも完璧に再現し、彼が動くたびにぷるんと揺れるそれが憎い。最新の技術が憎い。
「なんなら触っても構わない。存分に観察していけ。さあ!」
そしてとっとと去れ。言外の意味と彼の不機嫌を察して、紳士的に撤回するだけの理性が欲しい。伸びる両手はきっと嘘だ。アタッチメントパーツに触覚があるのかどうか確かめるだけ、なんてくだらない理由を瞬時につくり出す馬鹿な脳みそを恨んだ。
触ったらきっと引き返せない。分かっていた。けれど、両手は止まらない。本能にはあらがえない。ごめんなさい、父さん、母さん、エイミー、兄さん―――。
「ティエリア、次のミッションのことだが…」
―――あと五センチというところだった。
シュン、と音がしてトレーニングルームのドアが開き、精悍な青年の声が飛び込む。ティエリアは瞬時に苛立ちを顔から消し、マイスターとしての真剣な面持ちに戻った。刹那は部屋内の状況に気付いて、褐色の瞳を見開いた。オレの指先だけがあと五センチの距離を彷徨った。
「…邪魔をした」
踏み出しかけた足を軸にそのままUターンし、背を向ける。戦闘でも状況判断の速い彼は、こんなところでも素早かった。素早いせいで感情も伺えず、言い訳のタイミングも見つけられない。救いようがない。
「違う、誤解だ! 刹那!」
叫ぶオレの横で、興味が移ったことに安堵したのか、ティエリアが何事もなかったようにパーツを服にしまい、歩行練習を再開する。しかし、ピンヒールは残酷に彼のバランス感覚を弄び、また彼の身体が傾いだ。
「待てって…、」
「…ぁッ!」
追いすがろうとするオレの背後で、また鈍い音がした。そのせいで、誤解を解くチャンスが失われる。まだ服にも慣れていないのか、床の上にうつぶせになった彼の首もとは、ファスナーがあがりきっていなかった。そこから覗く白い背中に一瞬、見とれて。沸き上がった感情を振り切るようにファスナーを引き上げる。
今夜はエロ画像を探す旅に出ようと決意した。上書きしなければイロイロとまずい。まだ、道を踏み外したくはないのだ。健全な雄として。
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