スメラギ・李・ノリエガのソレスタルビーイング復帰を機に、件の人物が歓迎会をしようと提案したらしい。そんなことをしている場合でもなければ、オレなんぞは歓迎されるような立場でもない。しかし不幸と言うべきか、強く反対する人物が一人としていなかったために、あれよあれよと食事が運び込まれてグラスに酒が注がれた。提案者が音頭を取ってグラスが重なり、あっという間に宴会の始まりだ。
 ミス・スメラギはものすごい勢いで自身も酒をあおりながら、各々のグラスに酒を注いでいる。この艦に来てから陰鬱な顔しか見たことがなかったから、くるくる変わる陽気な有様が意外だった。イアンのおっちゃんにそれを漏らすと、あっちが素なんだと笑われる。なるほど確かに、陰の似合う顔立ちではない。笑っていた方がずっと魅力的だ。
 ミス・スメラギを目で追っていると、彼女の猛攻をかわしながらオレンジジュースを舐めているフェルトと目が合った。ウインクを送ってみるがふいと視線を逸らされる。あの一件以来、ずいぶんと嫌われてしまったようだ。視線を送られることが少なくなって安堵したのは良いのだけれど。
「フェルト・グレイスと何が?」
 オレの隣でミネラルウォーターを飲んでいる教官殿が問いかけてくる。こうも早く感づかれるとは思わず舌を巻いた。堅物に見えて案外周囲を見ているらしい。しかし、まさか唇を奪ってひっぱたかれましたとは言える筈もなく。
「お前は、こういうのに反対しないんだな」
「反対する理由がない。それに、たまには息抜きも必要だろう」
 てっきり話を逸らすなと噛みつかれるかと思ったが、相手は案外あっさりと乗ってきた。そして、ごくごく一般的なコメントを口にする。
「…ふぅん」
 しかし、それは普段オレとの訓練や任務でかいま見えるティエリア・アーデとはあまり馴染まなかった。あえて普通をなぞるような、言うならば借り物の台詞のように思えたのは何故だろう。
 オレは、彼の何を知ってそう思うのか。出自どころか年齢も性別すら謎で、分かるのは顔がとてつもなく綺麗だということだけだ。その整い方があまりに嘘くさいから、真っ当なことを言うと違和感を覚えるのか。ふと飛び出てきた結論は、相手にあまりにも失礼なものだった。
「だったらお前も息抜きすりゃいいのに。眉間の皺、クセんなるぜ?」
 つん、と眉間を軽く押しただけだった。それなのに、ぴくりと身体が身じろぎする。その振動を拾う。紅茶色の目が見開かれる。一瞬の間だった。
 なのに、それだけで感づいてしまう自分に呆れた。ざわりと胸の底をさらう不快感があった。ガキの頃から幾度となく繰り返された感覚は、それでも麻痺することを知らない。それどころか鋭敏になっていくばかりだ。近すぎる相手と比べられ、重ねられることにあからさまに傷つくほど幼くはないが、それでも鈍い痛みは残る。いい加減慣れればいいと思うのに。
 ―――お前もかよ。
 胸中で舌打ちをして、口の端をつり上げた。フェルトのそれをなぞるように逸らされた目を、のぞき込んでやりたくなる衝動に耐える。
「…考えておく」
 精一杯絞り出された声と、こちらを見ようとしない横顔。指先は空を切ってざわめきを上滑る。遠くでどっと笑い声が起こっていた。どうやら、宴会ではありがちのパーティゲームをしているらしい。
「五番、ミレイナ・ヴァスティ、行くですっ!」
 一気飲みを命じられてミレイナがオレンジジュースの入ったグラスをあおる。アルコールが入らないと盛り上がらないかと思いきや、少女の一生懸命な様にどよめきが起こった。周囲の人間がじっとそこに見入り、やがて空になったグラスに拍手が浴びせられる。
 戦争をしかけている輩どもとは思えない光景だった。ティエリアが言う息抜きというのは正しく、疑う余地はないのだろう。きっと。そこに彼は混じろうとせず、どこか遠い世界のように眺めているばかりなのは気にくわないが。
「君は行かないのか」
「お前こそ。仲間なんだろ?」
 婉曲に突き放す物言いをする。協調性のなさを咎められると思いきや、今度はじっとこちらを観察されるように見つめられた。彼は時折居心地が悪くなるほど真っ直ぐにこちらを見てくる。観察され、解体されるのではないかと思う。オレがやましいことを抱えているから、そう思うだけなのかもしれないけれど。
 今度は耐えきれず、こちらが目をそらす番だった。なんとなく敗北感を覚えた。ふっと、彼が笑みを浮かべたから尚更。
「君だって仲間だ」
「そいつは、どーも」
 礼を言いながらグラスの中の酒をあおる。彼の台詞に、先ほどの息抜き発言のような薄っぺらさがないことに安堵していた。
 安堵してから、驚いた。スパイが仲間だと言われて安堵する。滑稽にもほどがある情動だ。露見していないと分かったから。理由を探し、一応筋は通っているのでよしとする。
 兄のいた組織で、兄の名を受け継ぐ。それはつまり、オレは兄の代わりに過ぎないということだ。兄の代わりだから仲間であり、歓迎される。そんな居場所を受け入れるのはごめんだ。彼女がオレを見るのは兄に似すぎているからで、彼が目を見開くのは兄を重ねているからだ。仲間だと言い笑いかけられたところでそれは変わらない。
 変わらない、はずなのに。
「…顔が赤い」
「酒が回ったんだろ」
 隣でくっくと笑い声が起こる。美人が台無しの毒を含んだ笑い方が嫌になる。唯の堅物という認識は改めねばなるまい。少女ならばキスでもすれば済んだが、相手は顔が綺麗なだけの男だ。色恋が絡まないだけに性質が悪い。
 特別なものなど何もない。唯の仲間という関係が、これほど厄介だなんて思わなかった。
 少し離れたところで、刹那がミス・スメラギに押し倒されていた。隣の男が、小さく吹き出した。つられて笑った。
 そのときだけ、立場も兄のことも忘れていた。息抜きというやつを、していた。