その人はびっくりするくらい綺麗な顔をしていた。僕の前に現れるときは、いつも眉間にしわを寄せていたけれど、それで一層引き立つような美貌は、ビスクドールか石膏像を思わせる。
「食事だ。沙慈・クロスロード」
 彼は毎食僕の元へ食事を運んでくる。それだけで済ませてくれればいいのに、彼は必ず僕が食べ始めてから、空の食器を下げるまでそこにいる。たいていは端末を膝に置いて、彼は彼で何かをしているようだから、話題を探すようなことはないけれど。正体不明のものすごい美人に見守られながら食事をするのはやはり落ち着かなかった。
 一度何故、と問うたことがあったが、事も無げに、
「二往復するよりは効率的だ」
 と、ホロモニターから目を離さずに言われた。てっきり捕虜を監視しているものだと思っていたから、単純な合理性のためだと聞いて返答に困った。もちろんそういった意味もあったのかもしれないが、それにしては彼から敵意といったものはあまり伝わってこなかった。愛想もなくいつも不機嫌そうだったが、警戒心は読み取れない。事実、自由がないことを除けば、僕はそれなりに丁重に扱われていた。少なくとも、ここにいる前にいたところよりはずっと良い扱いだった。
「…僕を殺さないのか」
「何故」
 膝の上のモニターから目を離さず、彼が逆に問う。
「刹那・F・セイエイに銃を向けた」
 両手を見つめ、答えた。初めて握った銃の感触は、今でも手に残っている。
 彼が初めてホロモニターから目を離し、こちらへ視線を向けた。血だまりのような赤い目だった。
「今でも狙っているかもしれない。彼の命を」
「僕もそう言った」
 やはり何でもないことのように彼は言って、ため息をつく。しかし剣呑な台詞とは裏腹に、彼の表情は、ほんの僅かやわらかくなった。
「だが、当人が反対したのだから仕方がない。刹那・F・セイエイに感謝するんだな」
「…二回目だ」
 僕の指摘で、初めて言葉を繰り返したことに気づいたのか、相手が目を丸くする。仏頂面が崩れた顔は相変わらず整っているくせに、少し幼く見えた。
「君と刹那は…、いや、いい」
「昔の友人だよ。少なくとも僕は、そう思ってた」
 半ばで押しとどめられた問いに答えを与える。彼はまた目を丸くした。僕が答えたことがそんなにも意外だったのだろうか。
「友人…」
「ガンダムを、見る前はね」
 更に付け加えると、相手の顔から表情が消える。彼もまたそうであったことを、思い出していた。
「でも、もう、わからないんだ。何を憎むべきなのかも」
 あいつが悪い、と指を指して責めることが出来ればどんなに楽だろう。僕は彼の言う通り世界を知らず、見えないところに本当の敵がいるのかもしれない。それでも、ガンダムを憎まずにいられるわけではない。
 答えが欲しい。けれど、それを求める力はまだ、僕にはなかった。ここに来てから、そのことをずっと考えていた。
「わかったところで…」
「え?」
「どうすれば正しかったんだ…あのひとは、僕はッ!!」
 突然語気を荒げた彼を、僕は呆然と見ていることしか出来ない。
 やがて、嵐が去るように静寂を取り戻し、彼の顔から表情が消え去る。ぱっと俯いて頭を振った。
「…すまない」
 彼はそう言って、はぐらかすように微笑む。その器用な真似が、幼子が無理に学んだもののように見えて悲しかった。
「憎しみとは何だ。沙慈・クロスロード」
 不意に問いかけられ、僕は何も言えずにいた。彼は途方に暮れたような目をして、ほうと息を吐き出す。
「…僕にはわからないんだ」
 そう言って、空の食器に手を伸ばす。先ほどの怒声が嘘のような、弱々しい声だった。背を向けたせいで、表情は伺えない。
「君がすこし、うらやましい」
 ひどく突き放したような物言いに戸惑った。
 何もかもかなぐり捨てられるほどの憎しみを、わからないという。それは幸福だと思うのに、彼は淋しそうな声をしていた。
 刹那なら、答えが分かるかもしれない、と。
 言いかけて、やめた。答えを他人に預けるのはずるいことのように思えたから。

 あの不器用な笑い方が、いつまでも胸にこびりついて離れなかった。